内容説明
「詩人らしい純粋な気質」の学者長野一郎は平凡な結婚生活を送りながら、妻お直を信じきれない。弟二郎に対するお直の愛情さえ疑いはじめ、一郎はやがて深刻な人間不信に陥る。「死ぬか、気が違うか、宗教に入るか…」近代知識人の孤独と苦悩を描く『行人』。明治43年に倒れたいわゆる「修善寺の大患」当時の心境を綴る『思い出す事など』、満州・韓国の訪問記『満韓ところどころ』を同時収載。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
優希
68
小説と紀行文の組み合わせが興味深いところでした。『行人』『満韓ところどころ』『思い出す事など』の3編がおさめられています。『満貫ところどころ』と『思い出す事など』は訪れた当時の想いを知ることができました。『行人』は恋の哲学という感じで面白かったです。妻を信じきれない夫の心情はいかなるものでしょう。孤独と苦悩の色彩が見え隠れするようでした。この作品は捉え方が色々あるのではないでしょうか。2020/05/24
tokko
17
ようやく読み終わった。記念すべき「読書メーター」登録500冊目が「行人」含む、漱石全集の第7巻。「思い出す事など」と「満韓ところどころ」は随筆(紀行文)なので適当に、目当ては「行人」だったので楽しんで読めた。舞台が大阪〜和歌山とまさに「ここらへん」の話なので、いつも漱石を読むときの地名の不案内さがなくて助かった。兄さんの激しい苦悩が、最終的にはHさんという第三者の目から、しかも書簡という形で描かれていて何となく寂しくなりました。2017/04/27
あくび虫
7
随筆は面白く読みました。愛嬌のある楽しい文章を味わえるのは随筆の方だなと。『行人』…ふわっと全体像を見ると、完成度が高い気もします。ただどうにも、いらいらします。一郎に苛々するだけならまだしも、最初は陽性の皮を被っていた二郎まで、一貫性が危ういくらいにずんずん陰気を深めて腹立たしいです。そして、まあ漱石だし…と許容する一郎の優柔不断も、さすがにくどい。くどすぎる。よくもまあこれだけお膳立てした状況で、何も起こらないまま紙幅が埋まるものだなと。――毎巻思うのですが、勇ましいあらすじが不適当この上ない。2022/09/25
暗頭明
7
「行人」(「満韓…」)を初めて読む。小説としてよくできているとは感じないが、漱石を改めて知る・新しく知る機会になった。話し手の二郎、その兄にして話題の中心といえる一郎、一郎の妻の3人が主な登場人物で、彼らの格闘や行き違い、煩悶は、漱石一個人の内に生じているそれが託されているという風にすぐ読めて、衝撃を受ける。内面に激しい対立の渦をもつ人はほかにもいるだろうがこれを文字、文学に書きおおせるほど客観視できた漱石の筆力に強く打たれる。前期三部作の漱石とは全く違う(後期三部作の)漱石に出会ったという気持ちだ。2017/01/25
hitsuji023
6
「行人」「満韓ところどころ」「思い出す事など」所収。 「行人」が特によかった。こんなような哲学的な思想にはまって抜け出せなくなる人は現代にもきっといるだろうと思う。そして、それは周りの人にとっては甚だ迷惑だ。どのように処理していいいかもわからない。頭が凝り固まったこの禅問答に付き合えるのは多少とも理解出来る学者仲間しかいないのだと思う。この話を軽く捉えるか重く捉えるかで違った見方が出来るのではないか。2016/12/11