出版社内容情報
大和の吉野を旅する男の言葉に、失われた古きものへの愛惜と、永遠の女性たる母への思慕を謳う「吉野葛」など、中期の代表作2編。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
420
タイトルに掲げる2話を収録。「吉野葛」は、若き日の谷崎が吉野の奥地、秘境とも言うべき國栖(くず)を訪れた折の随想。ここは南朝と義経、静御前に所縁の地であった。「盲目物語」は語りに特徴を持つ。信長の妹、お市の数奇で悲劇的な一生を、側で見届けた盲目の老人が語る形式をとる。芥川の「地獄変」などと同じ形式をとり、過ぎ去った物語としてロマネスクな面影が全編に揺曳する。それは夢幻能をも想起させ、したがって鎮魂の響きをも帯びるのである。2021/10/01
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
143
秋の澄んだ空気に色あかく映えるもみぢ葉、なんの音もしないようなたくさんのいきものの気配が満ちるような。高く晴れた空のなか何処までも歩いていきたい、いつまでもここにいたい。初めて訪れる場所なのになぜか懐かしくて、なつかしさとかなしさと幸せと、満ちる気持ちと渇き求める気持ちが一緒になってぎゅうと胸が狭い。秋がきて空気のにおいが変わるたびやってくる帰りたいような気持ち。その気持ちとあわせて心にずっとのこしておきたいような、美しい美しい文章と郷愁。私の耳にもコーン、と高く抜ける音が響いてのこった。2020/11/08
優希
93
言葉遣いが美しいです。永遠の理想の女性への憧れ、戦国の人々の喜怒哀楽の描き出し方に引き込まれました。日本的なものへの目を余すところなく注いだことで描き出された作品と言えるでしょう。2018/04/10
アキ
92
「吉野葛」私と友人津村が吉野を訪れ、私は小説の題材を津村は亡き母の面影を辿る物語。南朝の伝説、妹背山婦女庭訓、二人静など吉野が舞台の話に、秋の吉野の描写が映える。柿の実、谷筋に吊り橋、色彩豊かな山の紅葉。津村は琴と母に似た妻を見つけ、小説は書かれず仕舞い。「盲目物語」めしいのあんまの語るひらがなの多い語りの文体。お市の方に仕え、長政、勝家、秀吉をあんまからの視点で物語る。二作品の文体は、まるで異なっていて、琴や三味線と謡曲が出てくるのが共通点。谷崎文学の懐の深さを感じた。2020/10/12
肉尊
65
『吉野葛』:歴史小説は材料負けで書けずじまいだったという敗北宣言から疎かにされがちであるが、完成度はかなり高い作品だと感じる。柿・障子・饂飩の玉は吉野であるが故に鮮やかさを発揮する。静御前伝来の「初音の鼓」など歴史的ロマンを作品に散りばめているが、やはり帰着点としては女性の艶めかしさ、それは母への思慕に重なるという。谷崎作品の女性美は母なる存在=太母であり、それは鼓が何代も作り替えられていることを肯定するように、身近にあるはずのものなのだ。吉野といえば春の桜が有名だが、秋の柿に静御前の伝説を色添えた作品。2021/12/18