出版社内容情報
『仏弟子の告白』『尼僧の告白』とも,生活・信仰を記録したことに違いはない.だが,尼僧たちは「二本の指ほどわずかな智慧しかない」とさげすまれた女であった.それ故に,愛憎に苦しみ,醜老・孤独にさいなまれたあげく,ブッタに帰依し真摯な修行によって解脱しえた喜びはいっそう大きかった.安住の心境が切々と伝わる詩句集.
1 ~ 1件/全1件
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
きゃんたか
28
いつの時代にも、女とは美しくありたい者なのだろうか。あるいは女とは、我が子の命を我が身以上に愛おしむ者なのだろうか。女とは、支配される者なのだろうか。容色の衰えに肉体の虚しさを覚え、はたと悟りを開く老女。おのが罪深さと男どもの愚かさに直面し、ばっさり髪を剃り落とす美女。夫の虐めに苛まれ、死んだ我が子を弔えないまま獣に喰われ、悲惨のうちに門を開く未亡人。 我が子の死に絶望して縄に手をかけた途端、煩悩の鎖から解放された夫人。死と隣り合わせのインド社会では、尼僧の女たちも強く逞しく仏の道を歩んでいた。2017/03/31
ホシ
20
容姿が優れていても、夫に裏切れても、我が子を失っても、女性であるからという理由で世間から蔑まれ、顧みられることのなかった者たちに釈尊は安住の境地を目指すべきであることを説きます。現代は啓蒙活動や医療の発達により女性の地位・幼児の死亡率などは改善したかもしれません。しかし、この世には社会の片隅で一人泣いている「女性」がまだたくさんいます。もちろん、この「女性」とは生物学的意味としてのそれではありません。古の人が経験した「救い」とは何か?誰であれ今泣いている人は本書を手にしてほしい。そんな事を思いました。2020/11/06
ヒダン
12
尼僧の教団を仏教が初めて作った証としてこの本には人類史的にも大きな意味を持つみたいなあとがきに説得されて読んでみた。「○つの詩句」と段落の数で分類されているが、この編集方法は微妙だと思った。二つや三つの詩句は短するし、その後の章の詩句に完全に含まれているものもちらほらある。一方で、長めの詩句はストーリー性があったり、比喩が面白かったりするものもあった。しかし、安住の心境を語る詩句としての価値より、やはり加齢による容色の衰えという悩みに対して仏の慈悲にすがったという人類史的な価値をより感じた。2015/04/29
壱萬弐仟縁
12
275「かれらは、働くことを欲し、怠けず、すぐれた活動をなし、貪ぼりと怒りとを捨てています。それ故に、わたしは<道の人>たちが好きなのです」(61頁)。456「[地獄・餓鬼・畜生・修羅の]四つの<落ちゆくところ>と[人間界と天界との]二つの境界は、なんとかして得ることができる。しかし、それらの<落ち行くところ>に生れた者たちが、もろもろの地獄において、出家することはできません」(89頁)。現世で自分の非を認めず、開き直り、謝罪もせず、自分たちの常識が世間の非常識とも知らない輩も、地獄行きではないだろうか?2014/02/05
zoros
8
再読。 若さ、容色の衰え、子供、家庭、夫。 女、母の苦しみは本能的で血が噴き出す感じです。 2020/08/16