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奥田英朗さん
撮影:田中克佳

 


書店は私のオアシスです

 三年ほど前に、わたしは地方球場を巡る一人旅をしたことがある。西へ東へプロ野球の地方開催ゲームを観戦に行くという酔狂な旅であったが、試合時間以外はすることがないわたしがその町で何をしていたかというと、映画を見て、書店をのぞいていた。名所旧跡や景勝地を訪れるでもなく、わたしの足は自然と映画館と書店に向かっていたのである。東京でもできることなのに。


 とりわけ書店は、わたしにとって旅先のオアシスと言ってよかった。繁華街をぶらぶらと歩いている。そこに書店があると、なんだかうれしい。「よしよし」とうなずきたくなる。当然、素通りすることはなく、中に入り、新品の本や雑誌の匂いをかぎ、品揃えをチェックする。


一人だとファストフードに入るのさえ気後れするわたしが、書店だと構えずに入れる。きっと書店だけが、単なる商店ではなく町のパブリックな空間として存在しているからだろう。そこへ行けば学校帰りの中学生がいる。買い物途中の主婦がいる。待ち合わせをしているOLがいる。子供からお年寄りまで自由に時間を過ごせる店なんて、ほかに何がある? 要する に、学校や病院と同じように、書店は町のインフラなのである。


 そういえば去年の秋、石垣島のリゾートホテルに二週間カンヅメになったときも、タクシーを飛ばして島の小さな書店に連日通ったものだ。買った本が五万円。変なおっさんと思われたにちがいない。あのときの書店員はわたしのことを憶えてくれているだろうか。


 書店はわたしの立ち寄り先だ。出かければ、必ず寄る。そして今夜のおかずを選ぶかのように本を物色する。一冊だとはずれたときに困るから二冊は買う。それでも金額はしれている。ちなみに書店がこれだけオープンなのは、日本ぐらいだ。欧米では雑誌がスタンドで売られ、書店はアカデミックで敷居が高い。日本に生まれてよかった。この国の書店は大衆文化なのである。


奥田英朗 [おくだ・ひでお]

1959年岐阜県生まれ。97年『ウランバーナの森』で作家デビュー。
02年『邪魔』で第4回大藪春彦賞を、04年『空中ブランコ』で第131回直木賞を受賞。
その他の著書に『最悪』『イン・ザ・プール』『東京物語』『マドンナ』『サウスバウンド』『ララピポ』などがある。


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