紀伊國屋書店
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  「ヘヴン」を書き始めたのが2008年の真夏のことで、一年以上かかって仕上げ、そしてこの文章を書いているのは2009年の冬であって、そのあいだに色んなことがあったはずだし確かに出来事は見えるのに、なんだか水蒸気のようにふわふわとして、つかみどころがありません。それでも書店に出かけてみればちゃんと「ヘヴン」が並んであって、頁をめくれば文字がちゃんと書いてある。そうだった。ひとつの頭の中にしかなかった物語は関わってくれたたくさんの人たちの力を借りてこうして一冊のかたちになって、こうして今もたくさんの人たちの情熱をもらって、たくさんの読者に届けられてる、そう思うと嬉しいのとうまく信じられないのともっと頑張らなくちゃという思いが津波のように押し寄せて、胸と目が熱くなります。

 「ヘヴン」には、これまでにない種類の反響があって、読んでくれたみなさん自身の思い出や体験や考え方に直接、接続されているようなそんな力強くもうれしい実感があります。物語が物語を呼びさまし、揺らし、鼓舞して、またひとつの体験として生まれ変わり、そこから発生する本気の生のため息や感情が、いただいたメールや手紙からこみあげてきます。一冊の本と読者とが織りなす運動に、深く心打たれました。そしてこれからも「ヘヴン」という「物語」が、ひとりでも多くの読者の「物語」に出会っていってくれることを、願って願ってやみません。

 これまでも、これからも、本と読書にしかない魅力と達成は必ずあって、それがいったい何なのか、説明しようとすれば出来ないこともないけれど、でもそれよりも読み終わったあとにどうやったってそれらがぐっと立ちあがってしまうような、この体験こそがそうなのだなと、感じてもらえるような作品を書くことを、精一杯がんばりたいと思います。そして願わくば、読書が生活に欠かせない人にも、数年に一冊しか必要としない人にも、そのつど新鮮で懐かしい驚きと喜びを受けとってもらえるように、そこに物語があるのを知ってもらうために、できるだけのことを毎日しっかりとやり続けよう、「キノベス」の第一位というお知らせを受けて、決心もあらたに、この気持ちは日に日に大きく高まるばかりです。このたびは、ほんとうに、ありがとうございました。


                               川上未映子

 
川上未映子(かわかみ・みえこ)

1976年8月29日、大阪府生まれ。
2007年デビュー小説『わたくし率 イン 歯ー、または世界』(講談社)が第137回芥川賞候補作に。同年第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。2008 年、『乳と卵』(文藝春秋)で第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』(青土社)で第14回中原中也賞受賞。随筆集に『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』(講談社文庫)、『世界クッキー』(文藝春秋)がある。

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