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出版社内容情報
命をかけた世紀の「遺言」!
民主化運動を支持し、
権力闘争に敗れて追放された趙紫陽は、
その渦中で何を見、何を考え、どう行動したのか?
本書は、軟禁状態のままこの世を去った“国家の囚人”が、
命をかけて歴史の真実を明らかにしようとした世紀の「遺言」である。
内容説明
民主化運動を支持し、権力闘争に敗れて追放された趙紫陽は、その渦中で何を見、何を考え、どう行動したのか?本書は、軟禁状態のままこの世を去った“国家の囚人”が、命をかけて歴史の真実を明らかにしようとした世紀の「遺言」である。
目次
第1部 天安門の虐殺
第2部 自宅軟禁
第3部 中国経済急成長の要因
第4部 政治局における闘い
第5部 動乱の年
第6部 中国はどう変わるべきか
著者等紹介
趙紫陽[チョウシヨウ]
1919年河南省生まれ。1938年中国共産党に入党。’65年広東省党委員会第一書記に就任、最年少の省指導者となる。’75年四川省党第一書記として農村改革を実施。’80年代には国家の経済運営の責任者として、また政治改革のリーダーとして指導力を発揮し、’87年総書記就任。’89年6月、天安門事件後すべての職を解任され、以降16年間にわたって自宅軟禁される。2005年1月17日、北京で死去
河野純治[コウノジュンジ]
1962年生まれ。明治大学法学部法律学科卒業。翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
Willie the Wildcat
48
会談や社説の”文字”の怖さ。加えて、時勢の”流れ”の読みを求められる政治勘。天安門事件が、事件となる政治的要因。加えて、イデオロギーや政策ではなく、恨みや妬みなど負の感情による政争の醜さ。鄧氏の先進性が意外も、(周囲の扇動の影響があったとはいえ)指導者の権力保持と自己保身に走るのは、やはり一党独裁故。先日読んだフルシチョフの手記が脳裏に蘇るのも自然かな。盟友・胡氏の失脚と、自身の価格改革の失政が致命傷。国家・国民を想う姿勢を考えると惜しい人材という気がする・・・。2016/10/23
ののまる
13
もうすぐ天安門事件から31年目。囚人同様の軟禁状態で四郷下趙紫陽の遺言は「中国は議会制民主主義の道しかない」だったが、昨日の香港版国家安全法の即決といい、習近平体制は真反対の道へ。2020/05/29
燃えつきた棒
12
雨に負けぬ花。 天安門事件への対応を巡っての鄧小平との対立によって、総書記の座から引きずり降ろされて、軟禁16年を経てもなお、趙紫陽の言葉からは改革開放への熱意が溢れて止まない。 ふと、Paul Simonの詩句が脳裏に浮かぶ。 And flowers never bend with the rainfall.
Francis
10
6年間積読。奇しくも今年は著者の趙紫陽さんが亡くなって20年。六四天安門事件で中国共産党総書記を解任された趙紫陽さんが軟禁中の自宅でこっそりテープに吹き込んでおいた回想録をまとめたもの。軟禁中であったにもかかわらず、当時の政治状況・権力闘争の有様が詳細に書かれている。彼が国務総理・党総書記として取り組んだ経済改革に関する記述からは彼が極めて優れた経済官僚であった事が分かる。それゆえに彼は長期的視点に立った政治改革を主張し、そのために六四天安門事件で失脚させられたのだ。そして彼が再び自由を得る事はなかった。2025/07/20
ZEPPELIN
8
趙紫陽が中国らしくない人物であったのが充分に伝わってくる内容。民主化や法治という中国では御法度の概念を追い求め、それが原因で党の守旧派と衝突して総書記の辞任となり、果ては軟禁状態へ。総書記であろうが、トウ小平を始めとする長老が存在する限りは好き勝手出来ない。習近平がトラを叩くのもこの歴史を学んだからかもしれない。よく趙自身が録音テープにメッセージを残しておいてくれたと思う。もしこの趙紫陽と胡耀邦が長期間に渡って権力の座にあったなら、今の中国とは全く違う国となっていたはず。本当に惜しい2015/09/11
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