内容説明
2314冊の大学ノートから新たに抜粋。第2弾。絵ハガキ付。
目次
第1章 終戦。朝鮮半島からの逃避行―昭和20年8月15日~9月6日
第2章 幸せは、いつもすぐそばに―昭和29年12月~49年3月
第3章 愛妻日記~かあさんの笑顔、かあさんの涙―昭和50年12月~59年1月
第4章 2人の絆~介護とともに昭和が終わる―昭和60年2月~62年9月
第5章 みんなの笑い声は一番の宝物―昭和63年1月~平成12年10月
第6章 かあさんに、また逢う日まで―平成13年8月~24年2月
著者等紹介
竹浪正造[タケナミマサゾウ]
大正7(1918)年6月4日、青森県北津軽郡鶴田町に生まれる。昭和11(1936)年、旧県立木造中学校卒業。翌年、南満州鉄道(満鉄)入社。満州で軍に召集され、朝鮮半島にて鉄道工事に従事する。昭和20(1945)年9月、朝鮮半島より復員。昭和21(1946)年より東北電力、昭和50(1975)年より東北電広社に勤務し、昭和62(1987)年退職。また、鶴田町議会議員(4期、16年10ヵ月間)、鶴田町内会長(16年間)など数々の公職を歴任。勲六等瑞宝章、鶴田町文化奨励賞、瑞宝双光章など、表彰多数。平成元(1989)年、ツル多はげます会を創設。平成23(2011)年、『はげまして はげまされて』(廣済堂出版刊)を出版。昭和30(1955)年より描きはじめた絵日記を現在も継続中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
美登利
45
前作はまさに昭和の家族というイメージで、元気いっぱいな子供たち、孫、曾孫までの大家族になったおじいちゃんの絵日記でしたが、昔の記録を思い出して描いた戦後満州から引き上げてくる苦労話や、早く亡くされた奥様との思い出話などもあり、また老後も何かと楽しく過ごしている様子も描いてあります。漫画を文章付けて描くことを日課にしてるから、ボケることもないのでしょう。あの当時、恋愛で結婚された夫婦も珍しいのではないかしら、明るい奥様だったようで、だからこそ家族仲良く暮らすことが出来たのでしょうね、感じ入りました。2014/05/06
かんやん
21
57年間に及ぶ絵日記(の抜粋)。テレビで取り上げられ話題になり、出版されたという。朝鮮からの引き上げの記録は、当時のノートを基に17年後に描かれたもの。身重の妻を連れ、部下を置いての逃亡とは!捕まれば、軍法会議?いや、敗戦で軍は解体されるから大丈夫なのか?『流れる星は生きている』を思い出すが、あそこまで悲惨なことには巻き込まれなかったようだ。それにしても、一年でノート40~50冊を57年とは大したものだ。家庭のささやかな出来事と昭和史が詰まっている。単なる記録ではなく、著者の人柄が偲ばれる。 2018/01/27
ケミカル
17
図書館の返却コーナーにあったのをつい借りてしまった。ナニコレ珍百景で取り上げていたのを思い出しました。とにかく元気な正造じいちゃん。90歳を超えてるのに20も30も若く見える。まんが絵日記を57年も書き続ける根気強さには感服致します。戦前戦後の日本の成長過程も知ることも出来し、楽しい絵や文章もあるし、一石三鳥くらいに良い本です。2018/02/11
チロル
16
図書館本。前作『はげまして、はげまされて(略)』から3年ぶりに読了。戦時中のことも知れたし、温厚な正造じいちゃん にも戦後も なだらか だけでなく色んなことがあったのですね。TV『ナニコレ珍百景』以外にも、実は時代劇?にちょっぴり挑戦されていたなんて( *´艸`)今では当たり前のように存在している家電なども、昔はなかったりして。日本人って、こういう歴史のもと歩んできたんだな… ということと、絵日記に書き残すって、忘れてしまうこともあるけど 思い出されて 面白いな と思いました😊2021/11/21
Gummo
12
正造おじいちゃんのまんが絵日記第2弾。94歳になった正造おじいちゃん。「亡き妻にいつか報告するため」と今も絵日記を書き続けているそう。今回は終戦直後奥さんと一緒に朝鮮から引き揚げてきた時のことも収録。前回は家族のことがメインでしたが、今回は奥さんとの思い出や社会的な出来事などについて描いたものが多いかな。正造おじいちゃん、明るくてユーモアがあって、みんなに慕われているであろうことが、ほのぼのとしたタッチの絵と文章から伝わってきます。100歳まで元気に描き続けてほしいです。2012/11/30




