内容説明
「この作品は私の生理の産物のようなものである。この一、二年、私の中に、最も水位を上げて溜ってきたものが、流行作家という自分が置かれている立場への意識からくる、さまざまな絡み合いである」……芥川賞候補五回という輝かしい経歴をもちながら、こと志と反し情痴小説の第一人者、ポルノの大御所と呼ばれ、夜な夜な銀座に浮名を流す作家の心を、時によぎる若き日の夢。得たものと失ったもの、優越感と劣等感の間をたえず揺れ動く人気作家の哀歓を赤裸々に語った傑作自伝。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
sputnik|jiu
5
情痴小説の流行作家である主人公の哀歓を描いた、川上宗薫の自伝的小説。純文学を書きたいと願いながらも、生活のため情痴小説を書くうちに、作家から売文家になってしまった男の静かな悲劇。ざっくりまとめてしまえばそういうことなのだが、作中では、肥大する自意識を見つめる透徹な眼差し、他者からの視線に怯え、その関わり方に戸惑い続ける哀れな自己、といった人間の弱さが、これでもかというぐらい真摯に、丁寧に描かれており、単なるエロ作家の自伝というより、ある種、私小説の完成を見るような思いだった。2017/01/22
午睡
4
校條剛による評伝「ザ・流行作家」がよかったので、その対象である川上宗薫の「流行作家」を読む。おもしろい。永井荷風の墨東奇譚を思わせる導入部。太宰治の人間失格あたりを思わせる自己分析と回想。そして悪意なく周囲の人を傷つけてしまう市川( わたし)という人物の造形。実名は出てこないが、これは水上勉、あれは野坂昭如とわかるようになっていて、通じた人ならもっとわかっておもしろいかもしれない。エロとバイオレスの作家とみなされていた勝目梓が晩年突如として「小説家」を書いたように、川上宗薫も死して皮を残したというべきか。2020/08/31