今回、NHK大河ドラマ「風林火山」の時代考証を担当することとなった。原作は井上靖の同名小説であり、主人公は山本勘助である。原作は新潮文庫で280頁のものであって、その主文献は『甲陽軍鑑』である。勘助の生涯と同時代の信玄とその側室となった由布姫(諏訪御料人)を中心にまとめた小説である。時代的には勘助の生まれた明応9年(1500、異説もある)から、川中島の合戦で戦死する永禄四年(1561)までの69年間を扱った物であり、これを49回分のテレビドラマに編成し直している。 第一回でいきなり川中島合戦のシーンが出てきた後、ついで天文4年(1535)8月の信玄の父信虎による今川氏輝との万沢合戦から始まる。勘助43歳の時であり、この時初めて勘助と甲斐との関係があったという設定である。これ以前の勘助については何も確実な史料がなく、生地についても駿河国富士郡山本と三河国牛久保説とがあって、学界では確定されていない。ドラマでは山本説を採っている。その後の進行に関しても、シナリオでは原作にはない勘助の今川義元・北条氏康・真田幸隆(綱)との接触が何回かにわたって挿入された後、ようやく12回に至って原作での勘助の武田家仕官へと入っていく。 ことごと左様に『甲陽軍鑑』以外に参考資料がない人物だけに、その後の展開に関してもかなり事実とは掛け離れた「史実」が盛り込まれている。ただしこうした勘助の動きは別として、この時代の信玄・義元・氏康の関係した事件については、すでに明らかにされている史実が正確に盛り込まれている。中にはこれまで学界では必ずしも明らかではなかった真田幸隆の武田家仕官を天文15年(1546)4月の河越夜戦時における勘助の調略によって実現したといった新説も展開されている(23回)。これは今まで誰も言っていないことであるが、その可能性は高いと思われる。勘助に関しては『甲陽軍鑑』以外に確実な史料が皆無に近いだけに、創作の可能性はその後も限りなく広がっているが、信玄と関東戦国史という観点では史実が語られていく。
【主要著書】 『人物叢書 真田昌幸』(吉川弘文館) 『甲斐武田一族』(新人物往来社) 『戰國遺文・武田氏編 第6巻』(東京堂出版) 『武田信玄合戦録』(角川書店) 『信玄の戦略―組織、合戦、領国経営』(中央公論新社)
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