紀伊國屋書店
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近藤史惠さん特別寄稿

仕事で煮詰まると、すぐに本屋に行きたくなる。

もちろん、だいたいそういうときは締め切り前で、ゆっくり本を読む時間はないけれど、それでも本屋に行くと、考えすぎで熱っぽくなっていた頭に、涼しい風が吹く気がするのだ。

書棚の間を背表紙を眺めながら歩いていると、いろんな文字やことばが目に飛び込んでくる。少し気になっていたけど、すっかり忘れていたキーワードや、反対に今までまったく興味がなかったこと、それらが私を手招きする。

背表紙が強く訴えかけてくれば、手にとって中を開く。そこにもいろんなことばや、思いもかけなかった一文が並んでいる。それが心の琴線に触れればレジに持って行く。

そうして数冊の本を抱えて、外に出れば、先ほどまで袋小路に迷い込んでいた私の目の前に、別の道が見えてくる。

書店の中には、違う世界への入り口が無数に開いているのだと思う。ただ、その前をふらふら歩くだけでも、脳細胞のあちこちが刺激される。ふっと手に取った一冊で、世界が変わるようなこともあるかもしれない。

時間が許せば、そうやって買った本を近くの喫茶店に飛び込んで、さっそく開く。まさに至福の時間だ。

おもしろい本を読むとき、よく「貪るように」という表現が使われるけど、私もときどき、本を読みながら、まさに自分がその本をがつがつ食べているような気分になることがある。

食事というよりももっと獣じみた、その書物ののど笛に食らいついて、血を啜り、骨をバリバリと噛み砕いているようなイメージ。

本は血となり肉となり、私を構成する一部となる。

近藤 史恵

作家。1993年、『凍える島』で第4回鮎川哲也賞を受賞してデビュー。近著に『モップの魔女は呪文を知ってる』『ふたつめの月』『にわか大根猿若町捕物帳』ほかがある。

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