内容説明
身震いするほど恐ろしい「国家なき民主主義」の末路。「多数性」を金科玉条とし、国家破壊の「改革」を手放しで礼賛してきた日本に危機が迫る。―「大衆の支配」に屈した我らの未来に希望はあるのか!?戦後日本の歩みに警鐘を鳴らし続けてきた思想家が、この難問に挑む。
目次
第1章 民主主義を虚飾する現代の政治学(政治学は民主主義批判から始まった―真理に近づきうるのは愛知者の懐疑のみ;全体主義は民主主義によってもたらされた―恐るべきは民衆の熱狂;道理がなければ民主は悪政となる―最劣等政治としての反体制的体制 ほか)
第2章 民衆政治を堕落させた「大衆」(民衆の庶民性が薄らぎ大衆性が濃くなった―デモクラシーからマスクラシーへの移行;公民のみが政治参加の資格を持つ―共和制を担保するのは国民の歴史感覚;近代は大衆という怪物を生み出した―理屈屋と偽善者の群れ ほか)
第3章 大衆を民主サイボーグに仕立てた情報メディア(メディアは最劣等のメッセージなのか―「遊び」の小児病化;戦後日本はアメリカン・デモクラシーの虜囚にすぎない―大東亜戦争敗北の負の遺産;IT革命が「人間の死」をもたらす―合理主義という巨大な不合理 ほか)
著者等紹介
西部邁[ニシベススム]
1939年3月15日生まれ、北海道出身。東京大学経済学部卒。東京大学教養学部教授を経て94年から2005年3月まで雑誌「発言者」主幹。現在、評論家、隔月刊誌「表現者」顧問。『経済倫理学序説』(1983年、中央公論社)で吉野作造賞、『生まじめな戯れ―価値相対主義との闘い』(84年、筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。94年、著作・言論活動に対して第8回正論大賞を受賞。2009年、芸術選奨文部科学大臣賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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ななっち
金北山の麓に生まれ育って
くらひで
双海(ふたみ)
在我壷中