内容説明
ドキュメンタリーは現実を撮る。たとえ、その現実がいかにフィクショナルなものを内包していようと、メディアのリアリティと現実のリアルの関係が逆転していようと、現実を撮る。しかも、その現実を、単に映画として再現するだけではなく、何らかの形で批判したり批評しようとする。つまり、何らかの悪意をもって、現実を撮るのである。“自明の事柄”にまとわりつく意味の文脈や常識という“砦”を解体しようとした故佐藤真監督の映像表現論。
目次
序章 ドキュメンタリーは映像表現による現実批判である
第1章 暮らしながら撮る
第2章 言葉と別の意味を生む映像
第3章 他者の眼差しと撮られる側の戸惑い
第4章 私的小宇宙の広がり
第5章 観察者―言葉からの解放
第6章 挑発者―暴力装置としてのキャメラ
第7章 時代の無意識―メディアの読みかえ
第8章 イメージの収奪―“見る”ことの権力構造
著者等紹介
佐藤真[サトウマコト]
1957年青森県弘前市に生まれる。2歳で上京。千葉県松戸市のマンモス団地で物心がつき、東京都練馬区の新興住宅地で育つ。東京大学文学部哲学科卒。在学中より水俣病の運動に関わり、『無辜なる海―1982年・水俣―』(監督:香取直孝)の助監督となる。84年にこの映画の東北・北海道の自主上映の旅で阿賀野川とそこに暮らす人々と出会い、映画作りを決意する。89年からスタッフ7人と新潟に移り住み、92年『阿賀に生きる』完成、国内外で高い評価を受ける。他に映画やテレビ作品の編集・構成、映画論の執筆など多方面で活躍。京都造形芸術大学教授、映画美学校主任講師として後進の指導にもあたった。2007年9月4日逝去。享年49(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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