沖縄同時代史 〈第5巻〉 「脱北入南」の思想を (新装版)

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  • サイズ B6判/ページ数 238p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784773628043
  • NDC分類 219.9
  • Cコード C0331

出版社内容情報

新崎盛暉沖縄大学教授の著作集第5巻。
【内容】 1章―湾岸戦争からPKOへ 2章―復帰20周年と基地問題 3章―独自文化の復権◆戦争とジャーナリズム/問われる沖縄の歴史的体験/湾岸戦争とは何であったか/PKOの欺瞞/軍縮時代の米軍用地強制使用/沖縄ブームにひそむ政治性/アイヌと先住少数民族問題/「北の文化」と「南の文化」の復権 ほか




まえがき

[I]湾岸戦争からPKOへ
1 湾岸戦争――わたしたちの立場
2 戦争とジャーナリズム
3 問われる沖縄の歴史的体験
4 湾岸戦争とは何であったか
5 〈対談〉激動する世界と沖縄(対談者=高橋実)
6 日米開戦五〇周年を前に
7 PKOの欺瞞

[II]復帰二〇周年と基地問題
 ◆米軍用地強制使用の歴史――本章を読むに当たって
 ◆米軍用地強制使用の手続き
 ◆軍用地主に対する強制使用の歴史
1 軍縮時代の米軍用地強制使用
2 米軍用地強制使用・その後――こうして公開審理は打ち切られた
3 米軍用地契約拒否地主の実態調査
4 沖縄の異質性がもてはやされる背後で
5 沖縄ブームにひそむ政治性
6 なぜ基地がみえないのか

[III]独自文化の復権――民族と国境を考える
1 アイヌと先住少数民族問題
2 中国・新疆ウイグル自治区を訪ねて
3 「北の文化」と「南の文化」の復権

沖縄から見た日本国憲法――あとがきにかえて

■まえがき

 一九九一年は、湾岸戦争の衝撃とともに始まった。国連安保理決議にいうタイムリミットの一月十五日を前にしながら、まさか戦争は起こるまいというはかない願いと、もしかして、というおそれに、世界中が息をひそめていたともいえるだろう。こうした緊張状態のなかで起きたリトアニアにおけるソ連軍の軍事行動(一月十三日)は、わたしたちに、ハンガリア動乱を煙幕に利用して惹きおこされた第二次中東戦争の悪夢をよみがえらせるに十分であった。はたして、一月十七日、多国籍軍は、精密冷酷な計画のもとに、イラク一国を破壊し尽くすほどの軍事行動を開始した。アメリカは、国連決議を利用しながら、国連決議の制約を無視して、徹底的に自らの政治的・経済的利益を追求した。いまやアメリカは、一時期は中小諸国が超大国を追及する大衆団交の場になった観さえあった国連の主導権を完全に取り戻した。国連は、アメリカとその同盟国の世界秩序維持機関という本来の姿に逆戻りした。第二次中東戦争に介入し、イスラエルや英仏に手を引かせた力は、もはや存在しなかった。

 ゴルバチョフの特使として和平工作のために奔走したE・M・プリマコフの『誰が湾岸戦争を望んだか』なく開戦を迎えてしまったのである。

 もちろん、わたしたちが反戦を呼びかける文章を書こうが、反戦運動を組織しようが、結果としては戦争を阻止することはできなかっただろう。だが、そうすることがわたしたちの社会的責務であったし、それだからこそわたしたちは、遅ればせながらでも湾岸戦争反対の行動を起こしたのである。

 そして湾岸戦争は、「日本で唯一の地上戦」や軍事支配という沖縄独自の歴史的体験を検証するリトマス試験紙でもあった。わたしたちは、この独自の歴史的体験の継承の上に、反戦闘争を構築しようとした。第一章第三節は、その渦中で書いた走り書きの報告だが、そこに全文引用した「湾岸戦争に反対する市民・住民連絡会」のハンスト突入宣言は、わたし自身が起草したものである。

 だがこの行動を通して痛感したことは、繰り返し語り継がれたかにみえる独自の歴史的体験も、現実と切り結びうる思想としてとぎすまされていたわけではないという現実であった。巧みな情報操作をともなった湾岸戦争が見事に暴露してみせたものは、わたしたちが自明のものと思い込んできた戦後的価値観の脆弱さであった。平和憲法感覚も「命どぅ宝(命こそ宝)」の思想も浮かべた。いうまでもなく、「脱亜入欧」のもじりである。

 米軍支配下において、権利の剥奪という点においても、物質的貧しさという点においても、南社会に位置していた沖縄は、復帰によって豊かな北社会に包摂され、南との連帯感や南的感性を失ってしまったのではないか。

 だが、ここで突き当たる疑問は、はたして米軍支配下にあった沖縄は南社会との連帯観を持ち、南社会独自の視点から、日本という国家の枠組にとらわれることなく世界を認識しえていただろうかという問題である。南社会に位置してはいても、日本復帰という形で「脱南入北」を希求し続けていた沖縄は、日本人としての十全な地位の回復や格差是正を第一義的に追求するあまり、日本を通してしか世界を認識することもできなかったのではあるまいか。もしそうだとするならば、北社会の南端となるべきか、南社会の北端になるべきかは、「脱南入北」の現実を明確に自覚化するところから、将来に向けての主体的選択の課題として提起されなければならないだろう。すなわち、あらためて「脱北入南」の視点を確立することの必要性が痛感させられてくるのである。

 この場合の“南”とは、もちろん地理的位置を指すわ

新崎盛暉沖縄大学教授の著作集第5巻。【内容】湾岸戦争からPKOへ/復帰20周年と基地問題/戦争とジャーナリズム/湾岸戦争とは何であったか/PKOの欺瞞 ほか

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