出版社内容情報
この話、前にも書いたかもしれない――。考えすぎのプロが帰ってきた! 一回きりの日常に何度でも立ち止まる、不毛で豊かなエッセイ123本。
【目次】
内容説明
この話、前にも書いたかもしれない。考えすぎのプロが帰ってきた!一回きりの日常に何度でも立ち止まる、不毛で豊かなエッセイ123本。
目次
1 困る(やる気;歯磨き粉のせい ほか)
2 なんかいい(今日もギリギリまで;ご紹介いただいた ほか)
3 その話はもう(たくさんの情報;サウナの話はもう ほか)
4 なぜだ(ほとんど水です;実質とは何か ほか)
5 そんな気がした(ついに吠えた;二五―二八センチ問題 ほか)
著者等紹介
武田砂鉄[タケダサテツ]
1982年、東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年秋よりライターに。ラジオパーソナリティとしても活躍している。『紋切型社会』(朝日出版社、のちに新潮文庫)で「第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞」「第9回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」を受賞。2025年、第28回みうらじゅん賞を受賞した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
hiace9000
100
この人にはネタ切れというものがおそらくない…そんな気がする。エッセイそれぞれの"微わかる"感がジワる。しかし"微わからない"感にも草る。押しつけがましさを極力排除する武田節、これだけは"超わかる"。気づけば武田さん5冊目。考えることを止めず、静かで微なる怒りや諦観、自虐に満ちた"そんな気"を、可笑しみに満ちた言葉に変換する武田さん、やはり武田さん「も」一流の書き手なのだろう。この「も」はたぶん悲劇を生まない「も」の用法だろう。完全に余談だが、実は京都で開催中の「微わかる展」に行きたいと「も」思っている。 2026/09/28
ネギっ子gen
76
【細かいことを考えすぎだと言われるのだが、どうして細やかなことを考えないのだろうか】『日経MJ』の連載から、123本を選んだエッセイ集。「はじめに」で、<タイトルは、尊敬する人と対談している時に、私たちの仕事に共通点があるとすれば、そんな気がする、って感じたことを書いているのかもしれませんね、と盛り上がったのがきっかけになっている。そんな気がするって、絶対にこうだとか、みんなそう言っているとか、これだけは譲れないなどと比べるとだいぶ弱い。背骨がなくてフニャフニャしている>、その柔軟さを自分は信じる、と。⇒2026/09/08
アナクマ
32
あっさり短尺。「一回きりの日常に何度でも立ち止まる、不毛で豊かなエッセイ」〈考えすぎのプロ〉とは言い得て妙の惹句。「あらゆる物事は一回きりだ。大した事ではないが、その出来事自体を愛でたいと思っている」。そこから続く短い思考には、ふと足留めさせられる視点がある。さすがのみうらじゅん賞(三十三間堂などと同時受賞だが)◉(229)それなりに身長がのびてきて、ひしゃくを持った手をのばすと墓石の頂上に届くようになった。頭から水をかけると、祖母が、届くようになったのね、嬉しがっていると思うわ、と言ったのだが…。2026/05/05
たっきー
14
「そんな気がする」と感じた記録、と最初に書かれている通りの軽いエッセイ。確かにねと思う内容もあればそうでない内容も。「⚪︎⚪︎の口になる」という表現は口じゃなくて脳がそう感じているのでは、というツッコミは確かに。2026/06/30
ふじこ
6
砂鉄さんの文章がとても好きだ。あ〜そうそう、私もそう思ってたの!という重箱の隅の隅に追いやられた言語化できていないものを拾い上げて文章にしてくれている。日焼け報告の謎、回し読みの嬉しさ、実質の正体、繰り返すと名言ぽくなる法則。砂鉄さんのような観察眼が欲しいけど、ともするといちいち気にするめんどくさい奴になってしまって、加減が難しい。砂鉄さんの文章を読んでいると、世界にはまだまだ遊ぶ余地がたくさんあるなと、わくわくしてくる。とにかく読んでいてずっと楽しかった。既に砂鉄ロスになってる。2026/04/24




