公共空間の政治理論

  • ただいまウェブストアではご注文を受け付けておりません。
  • サイズ B6判/ページ数 248p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784409040898
  • NDC分類 361.1
  • Cコード C3010

内容説明

アーレント、ルフェーブルの思想をたどり、公共性への問いを「空間」から捉え返す、現代都市論・社会理論の刺激的試み。進行する空間の均質化に抗う、丹念にして膂力に満ちた思考の誕生。

目次

序章(公共空間とはなにか―問いの設定;開けた閉域へ―公共空間のネオリベラル化)
第1章 境界と分離(境界としての空間;分離という問題)
第2章 政治空間論―均質化と差異化(ルフェーブルの空間論;日常生活批判から空間の政治理論へ;空間概念の政治化)
第3章 公共空間の政治(公共空間の開放と制限;公共空間と排除空間)
結論

著者等紹介

篠原雅武[シノハラマサタケ]
1975年神奈川県生まれ。1999年京都大学総合人間学部卒業。2004年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程単位認定退学。京都大学博士(人間・環境学)、都市論・政治理論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

メイキー

4
今日における公共空間とは何かを明らかにせんと書かれた名著。公共空間と言えばよく挙げられる哲学者がハンナ・アーレントとユルゲン・ハーバーマスだが、それらは軽く(と言ってもそれなりには)触れる程度に留め、むしろ全体としては社会学者アンリ・ルフェーブルの『日常生活批判』、『都市への権利』を下敷きに、ゲーテッドコミュニティの「危険」の排除志向、空間の境界性、また均質な空間とは何かを明らかにしていく。個人的には資本主義経済の中でどのように公共空間が失われてきたかを詳しく説明している辺りに魅力を感じた。2012/05/22

Mealla0v0

2
公共〝空間〟論としての本書は、公共性の条件としての空間(それは心的・物理的なものではなく)を探求する。基本的には、ルフェーブルとアーレントに依拠しつつ、ゲーティッド・コミュニティに代表される、公的空間が私営化=私有化された閉鎖空間を、その変化自体において捉えようとする。資本主義による空間の均質化とはなにか、そしてそもそもこの変化はどのようなものであるのか。篠原の本はこれより後のものを先に読んでいるが、彼の独自な問題意識の原点がここにはあるように思える。抽象的な議論だが、それの拠って立つのは生活感覚なのだ。2019/05/23

まつゆう

1
公共性論は至る所で見られるが、それを「空間」論―場所でもありそこにいる人でもあり―とリンクさせながら具体的に論じた本はなかなかお目にかかれないので、その点で秀逸。現在の「公共空間」の崩壊という現象は単に公私の境界の崩壊のみならず、それが不可逆に進行し、人々が私有化空間に現在進行形で全的に馴致されている状態であり、包摂や寛容といった対策は均質化された空間への批判とはならないという根底的な思考を踏まえ、どう現実の「空間」に対峙するか。脱均質化への抗い(それは必ずしも主意主義的はないが)へと誘う、開かれた本。2014/08/26

クレパス

0
都市に生きる多様な人々が共有する利害って一体なんだろう。やはりセキュリティがその最たるものなのか。ここをしっかり突き詰めて住民間の利害共有をすすめれば、人々が手を取り合う(創造的な?)公共空間の存立も可能となるのかなと思った。あと、グローバル化等に伴う世界の均一化を批判する立場にどうしても共感してしまう自分を再確認した。2013/06/10

ひかり

0
ジャ・ジャンクー、『世界』2024/09/22

外部のウェブサイトに移動します

よろしければ下記URLをクリックしてください。

https://bookmeter.com/books/228321
  • ご注意事項