出版社内容情報
貧困、荒廃、暴力が渦巻く街を舞台に、児童相談所の職員、不妊治療中の主婦、虐待される子供など難しいテーマを折り込む意欲作。
内容説明
多摩川市は労働者相手の娯楽の街として栄え、貧困、暴力、行きつく先は家庭崩壊など、児童相談所は休む暇もない。児相に勤務する松本悠一は、市の「こども家庭支援センター」の前園志穂と連携して、問題のある家庭を訪問する。石井家の次男壮太が虐待されていると通報が入るが、どうやら五歳児の彼は、家を出てふらふらと徘徊しているらしい。この荒んだ地域に寄り添って暮らす、フィリピン人の息子カイと崩壊した家庭から逃げてきたナギサは、街をふらつく幼児にハレと名付け、面倒を見ることにする。居場所も逃げ場もない子供たち。彼らの幸せはいったいどこにあるのだろうか―。
著者等紹介
宇佐美まこと[ウサミマコト]
1957年愛媛県生まれ。2006年「るんびにの子供」で第1回『幽』怪談文学賞“短編部門”大賞受賞、同作品を含む『るんびにの子供』で作家デビュー。2017年『愚者の毒』で、第70回日本推理作家協会賞“長編及び連作短編集部門”受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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starbro
438
宇佐美 まこと、「いきぢごく」に続いて3作目です。タイトルから、ほのぼのとした話かと思いきや、児童虐待、性的虐待、暴力の嵐の凄絶な物語でした。女天童荒太のような感じです。最期に一筋の光が見えるところが救いです。前作の「いきぢごく」よりも「いきぢごく」的でした。【読メエロ部】 2019/11/03
ウッディ
285
不妊治療と児童虐待、子供が欲しい親と授かった子供を憎む親がいる矛盾。貧困と暴力が横行する展望塔のある街の悲しい現実を描いた作品。児童福祉の仕事を淡々とこなしながら、温かいまなざしを向ける悠一とマンションから見える虐待される子供を見つめる郁美の話が並行して進み、宇佐美さんらしい意外な仕掛けで二つが交わります。貧困の連鎖とその犠牲になる子供の話は、読んでいて胸が痛くなりますが、連鎖を断ち切る悠一のような職員の存在がいることに救われます。ほのぼのとした話を彷彿とさせるタイトルには違和感がありましたが・・。2020/01/17
いつでも母さん
251
始めこの子があの子なんだと(それが、そう来ましたかだった)暗澹たる気持ちで「ごめんね、ごめんね。」と思いながら読んでいた。こちらの件もあちらの件も、あの頃の全てが見事に回収されて今、それでも貧困や虐待は無くならない。子供は親の所有物ではないのだ。生きるために産まれてきたのだ。泥沼から抜け出そうとするとき何かを喪うのだとしたら、その世界は歪んでいて残酷だ。「晴れた海の渚」ー今日のわたしたちは明日はもういないーこれぞ宇佐美まことを堪能した。苦しいですがお薦めです。2019/10/08
しんたろー
245
架空の街・多摩川市を舞台に、児童相談所・悠一と志穂、不遇な少年少女・海と那希沙、妊活中の主婦・郁美の三つの視点で描かれる物語は、ネグレクト・虐待・不妊治療が前面にあるので重苦しい。最近読んだ『52ヘルツのクジラたち』『おいしくて泣くとき』でも似た題材を扱っているが、本作は残酷な描写が脳裏に残って後味が悪い。ミステリ要素の時系列トリックも無理やりに感じたし、頑張っていた人が報われないのも哀しいが、最後に少しは希望が見えたのが救い。展望塔こそないが、現実の川崎市が目に浮び、架空にした意味がなかったと思う。 2020/07/14
tetsubun1000mg
237
ディズニーアニメ風のタイトルからは想像もつかない内容。 児童虐待や暴力、不妊治療などの追い詰められた様子が描かれている。 読むのが苦しくなり、もう読むのを止めようかと思うほどだったが、最後の最後に目を見張るような光が差してくるような気持にさせてくれる。それまでに伏線がいくつも有った事に気付かされる。絶望的な話には何の変わりはないが「児童相談所」など公共機関や、民間の「こども食堂」などによって助けたいという気持ちや活動についても教えてもらった。調べると愛読誌「本の雑誌」2019年間ベストテンの第一位だった。2021/04/22




