内容説明
結成から三十年、鹿間四重奏団がラストコンサートを迎える。最後の演奏に向けて、さまざまな人の思いが交錯する。四人のメンバーを始め、舞台を支える裏方、客席の聴衆…、それぞれの視点で語られる特別な一夜。終演後のホールに漂う残響と、外で降りしきる雪の静けさが、カルテットの終焉をもの語る。極上の音楽を聴いた後のように、心地よい余韻に浸れる秀作。
著者等紹介
小池昌代[コイケマサヨ]
1959年東京・深川生まれ。津田塾大学国際関係学科卒業。詩人であり小説家。’97年『永遠に来ないバス』で現代詩花椿賞、2000年『もっとも官能的な部屋』で高見順賞、’01年『屋上への誘惑』で講談社エッセイ賞、’07年「タタド」で川端康成文学賞、’08年詩集『ババ、バサラ、サラバ』で小野十三郎賞、’10年『コルカタ』で萩原朔太郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
179
コンサートはいつも夜にあって、ホールは森のような木々に包まれていた。私はいつも学校の帰りか、休日に家からバスでひとり訪れた。そこは雨だれ。ピアノは月あかりのイメージ。外が寒ければ寒いほど、そこの異世界感が身に染みて好きだった。「若い頃にできる限りの音楽に触れておけ」という精神で運営されていたそのホールで、学生のチケットは映画のそれより安かった。音楽に包まれた後風を切って切って自転車をこぐ夜をこんなに覚えている。いつからか足を運ばなくなったコンサート。少し切ない。また行ってみたくなったそんな夜。2020/02/29
ぶんこ
51
弦楽四重奏団のラストコンサートの日が、雪がしんしんと降る日だったことから、読んでいる私までが内省的になったようで、ストーリーよりも昨年から2年半が経とうとするコロナ禍で中止となったコンサートを思う。最も楽しみだったラフォールジュルネ。都築ホールからは紀尾井町サロンが思い出され、音楽の残響について思いを馳せる。そんな感想となったのもコロナ禍のせいか。4人の演奏者の後ろには、色々な人たちが携わっているというのも感慨深い。個人的には主婦の角田さんの感動の涙に共感する。2021/06/25
絹恵
42
アンフレもいずれは弱まるように、終わりに向かう始まりを重ねていくことが、歓びと切なさを共存させることなのだと思います。そして思いが重なり合うときがたとえ一瞬だったとしても、それを忘れないようにテヌートで大事に大切にして、委ねてみよう、夢に、愛に、涙に。新しい始まりを待ちながら。2015/04/21
penguin-blue
41
再読。コンサートホールの顔として長年の間、質の高い音楽を提供し続けてきた弦楽四重奏団。ひとりの引退をきっかけに解散することになり、ラストコンサートまでとをそれにまつわる思いを、メンバーや彼らに関わる様々な人々の視点で描く。好きだったものにもいつかは終わりがあり、年を重ねるにつれ、どうしてもそれを実感することが多くなる。昔と同じような煌めきやときめきは難しくても、長い時間を共有したことで受け入れられるようになったこともあり、愛着のあり方も変わってくる。そのあたりは前読んだときより今の方が共感できるかも。2021/02/04
ユメ
38
結成以来30年続いてきた鹿間四重奏団が、ラストコンサートを迎える。しんしんと雪が降り積もる夜の終焉は物悲しい。カルテットそのものだけでなく、語り手を担う人物の幾人もが、自分の生涯が幕を閉じようとしている予感を独白する。その寂寥感が悪いものではないと思えるのは、音楽と時間の関わりが語られているからだろうか。音楽を聴くとき、自分の中に積もった時間が音と響き合い、感動が生まれる。だから、己が時を重ねるほどに音楽を聴くよろこびは深まってゆく。人生を奏で続けて終焉の夜を迎えるのは、ひとつの理想なのかもしれない。2019/10/10




