光文社文庫
中年以後

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  • サイズ 文庫判/ページ数 235p/高さ 15cm
  • 商品コード 9784334742591
  • NDC分類 914.6
  • Cコード C0195

内容説明

人生は中年を境に、老年と死に向かうという大体のシナリオはもう決まっている。だが、「中年以後」にしか人生は熟さない。失うことを受け入れる心を持つのと引き替えに、この時期にしか見えてこないもの、味わえないものがある。難しくも、手応えのある「中年以後」をどう過ごし、乗り越えればいいか。そのヒントがこの本の中にある。

目次

ただ人間だけがいる―この世には神も悪魔もいないことを知る頃
許しと受容の時―出自の部分で受けた毒気を自ら抜く
桜の精の悪戯―中年以後にしか人生は熟さない
正義など何ほどのことか―横軸で働く正義よりも、縦軸の慈悲
今日は、私―醜いこと、惨めなことにも手応えある人生
大皿は入れたものをすぐ冷やす―ほんとうの人生の価値判断を完成する
土の器を楽しむ―失うことを受け入れる準備
時の変質―妻が見慣れた家具のようになる
達人の条件―死ぬまでにしておきたいことのためのお金
親を背負う子―一見損な役回りをかってでられるか
読まれなかった日記―自分史に人への恨みは書くな
固い顔も和らげる―算数通りにならない人生
親しい他人―子供がいる、という寂しさ悲しさ
ロンドンの街角で―年月を経た自然の出会い
価値観の交差点―体力の線が下降、精神の線は上昇
禁欲と享楽―組織を愛するなんて幼稚な感情
立ち去る年長者―私も同じような罪を犯しました
風の中の一本の老木―末席の楽しさを知る
いなくてもいい人、の幸福―田園に帰ればいい
危機はそこにある―現実を信じず、悪いことを予測する
憎しみも人を救う―常識的迷惑は避けるのがいい
誠実の配分―あちら立てれば、こちら立たず
吹き溜まりの楽しさ―自分の手に余ることがない範囲
人間を止めない人―徳のある人になること

著者等紹介

曽野綾子[ソノアヤコ]
1931年東京生まれ。’53年三浦朱門と結婚。’54年聖心女子大学英文科卒業。’79年ローマ法王庁よりヴァチカン有功十字勲章を受ける。’93年日本芸術院会員。’95年日本財団会長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

あや

11
責任世代とある人に呼ばれ、そういえば中年と自分のことを呼んでいたけれど責任世代と呼んだことはなかったとわが身を振り返る。初読は9年前。その時と自分を取り巻く環境、ライフイベントも大きく変わった。親は体調を崩し、私が親を支える立場になった。「ヤングケアラー」の問題がクローズアップされているけれど天命を知る歳になると今度は自分の体力が衰えてくる。天命を知る歳を少し前に迎えた兄は私に厳しいことを言う。有難い存在と思う。天命を知る歳になると新たに受けられるサービスもある。有難く利用させていただくことにしよう。2021/10/05

柚子

6
中年になれば、年を重ねることに不安や失望を抱かない人はいない。そこに、なんと勇気をくれる一冊であろうか! これでいいの?と迷いながら進む道で、それでいいのよ、と言ってもらえたような安心感。そして、正義に対する考え方に甚く共感した。「子どもじみた正義<慈悲の心」、大いに納得だ。これは、若い頃とはちがう価値観かもしれない。2013/03/05

新平

5
「正義よりも慈悲」ということを納得できるのが中年なのだと。2015/07/04

dice-kn

4
著者はけっこう厳しいなぁと思いつつも、中年になると若い時には思っていなかった考えになるというのは、そうだよなと思いました。私は学生時代から何も成長していないのではと思っていたのですが、そうじゃないかもですね。毎日をある程度は思い通りに生きられることに感謝です。2021/08/28

やまだるまん

4
モーツァルト35、芥川龍之介36、太宰治40歳か・・・もうこれからは余生とも考えられるのか・・・「余生の感覚」とは初めての感覚。月日が流れるスピード、そして年をとるのが怖くて仕方なくなるときがある。失うことを恐れすぎず、今を存分に楽しみながら人生の収束をうまく受けられるように今から心に留めておきたい。2013/01/29

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