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PDCAサイクルを鋭く批判 「計画―実行―点検―改善」という発想がもつ問題点とは『反「大学改革」論 若手からの問題提起』(藤本夕衣、古川雄嗣、渡邉浩一編)【書評専門誌 「週刊読書人ウェブ」】

反「大学改革」論 若手からの問題提起

反「大学改革」論 若手からの問題提起

藤本夕衣、古川雄嗣 / ナカニシヤ出版
2017/06出版
ISBN : 9784779510816
価格:¥2,592(本体¥2,400)

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【内容説明より】
これから大学はどうなっていくのだろうか。今後の大学を担う若手たちが、現状の批判的検討を通じて、より望ましい方向性を模索する

【評者】日比 嘉高(大学教員(日本近現代文学・文化研究))

全十三章どれも、思い当たるところがあったり、身近で見聞きしたりする話題が並ぶ。

たとえば、理工系大学院のブラック化。多忙化する教員のもとで学生は十分な指導時間を割いてもらえず、一方で自分たちの時間は講座の研究プロジェクトのために捧げられる。学費を払って時間を収奪される悲劇だが、もちろん教員も好きこのんでそういう状況にしているわけではない。あるいは大学の教員が教員採用試験などの対策業務に動員されることの功罪。本書の執筆者はその肯定的側面も論じているが、これが俺/私の仕事なのかと煩悶する教員は必ずいよう。受け身な学生が目立つ中、学生自治や学生組織の主体性をどう引き出し、大学運営に反映させるか、頭を抱えた経験のある教員もいるだろう。本書ではそこで大学による組織的なデータ管理(IR)の可能性が論じられたりもする。

本書は「大学改革」への批判を掲げて編まれている。具体的には一九九〇年代以降に進められてきた「改革」に対する批判的検討が目標である(「はじめに」)。

そのもっとも際だった達成であり、多くの人の賛同と共感を得るだろう章は、冒頭の古川雄嗣の論文だろう。古川はPDCA(計画―実行―点検―改善)サイクルという発想がもつ問題点を人間の物象化、経営学的無理解、トップダウン指向などの観点から、主要な文献を紹介しつつ鋭く批判する。とりわけ、サイクルの回転によって発見された問題が、最終目標の修正には向かわず、目標を変えないままサイクルの回転の中でむしろその問題を解消させる方向に機能するという指摘は、まさに的を射ている。

後続する章は反「大学改革」論というよりは、現場報告という論考も多い。気がつけば数多く刊行されている大学改革批判の類書と比較した、本書の特徴であり魅力となっている。

デリダのカント論を経由した専門性やパフォーマンスの再検討を行う章があり、産学連携の展開を問いなおしつつその新しいかたちを模索する章がある。補助金交付と行政指導の関係をたどる章があり、学生の居住形態を調査分析した章があり、古典語教育の現状や、科学史教育の史的展開を論じる章がある。いずれも数多くの資料を駆使した論考となっており、情報量も多い。

全体を通して一つの柱を作っているのが、教養教育、一般教育への関心である。「ジェネリック・スキル(汎用的スキル)」の養成に、大学の各分野のもつ専門性がどう関わるかと問い、フランスのバカロレア試験の哲学科目を例に「型」の重要性を説いた坂本尚志の論文、大学の全入化・ユニバーサル化の時代の中でgeneraleducationの理念を検討し直した渡邉浩一の論文、グローバル化時代の「教養」のあり方を問い「学生の生活が根ざしている文化的基盤」を見直すことを説いた藤本夕衣の論文がある。

大学の価値を論じる際の一つの柱はもちろん専門性だが、社会における大学の役割を主張する際に、時の経過に耐え、活躍の場を選ばずに力を発揮できる汎用的能力の育成機能は今後ますます重視されるだろう。汎用的能力とは何か、大学の専門性追求とどう関係するのか、企業の求める有用性とどう違うのか、旧来型の教養との関係はどうなっているのか、一般教養や専門課程のカリキュラム編成における位置づけはどうなるのか、考えるべき課題は多い。

各章は、執筆者の専門分野を生かして書かれており、質が高く保たれ、多様性もあって興味深い。その一方、それぞれの大学組織自体が抱えている難しさにもう少し触れてもいいようにも感じた。文科省の政策的誘導もあって、いま高等教育機関は、設置主体、専門性、地域、学力レベルなどによって、そのあり方の差異が広がりつつある。巻末の執筆者たちの職場・立場の多様性をみると、それぞれの組織ならではの苦労や課題があるのだろうと思わせられる。異なった大学・機関がそれぞれに抱えている問題を見渡すような論議も、聞いてみたい。


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2017.11.17 書評で読む