発表!!紀伊國屋じんぶん大賞2017――読者と選ぶ人文書ベスト30
「紀伊國屋じんぶん大賞」は、おかげさまで第7回目を迎え、今回も読者の皆さまから数多くの投票をいただきました。まことにありがとうございます。投票には弊社内の選考委員、スタッフ有志も参加いたしました。投票結果を厳正に集計し、ここに「2016年の人文書ベスト30」を発表いたします。
加藤陽子/朝日出版社
大賞には、加藤陽子さんの『戦争まで―歴史を決めた交渉と日本の失敗』(朝日出版社)が選ばれました。加藤さんの受賞コメント、および読者推薦コメントの一部をここにご紹介いたします。
【加藤陽子さん受賞コメント】
『戦争まで』が、読者のみなさんの投票によって、じんぶん大賞に選ばれたと聞き、本当に嬉しく思いました。いっぽう、これまでの受賞作を読みますと、人間はここまで考えてきた、だがここから先はわからないといった境界部分を、豊かに次の世代に伝える著作、あえて分類すれば、哲学、現代思想、社会学の領域の本が選ばれてきたとの印象があります。ならばなぜ、今回は歴史の本だったのでしょうか。
現在を生きる私たちは、季候変動や地震活動の活発化といった地球環境の変容に脅かされるいっぽう、藻類バイオマスや量子通信技術など、人間の手になる技術の進歩に目をみはりつつ暮らしています。ここ数年で我々が味わった変化は、あたかも、安全な熱帯雨林の樹上から、危険はあるものの広大なサバンナへと降りたった、数百万年かけて進展した過去の人類の歴史に匹敵するとさえ、私には思われます。
地球環境と人間の創意の相乗作用により、かくも急激な変化が起きているのが現代社会だとすれば、イギリスのEU離脱、アメリカでのトランプ大統領誕生など、専門家といわれる人々の予想がことごとくはずれた事態が現実に起きたとて不思議はありません。社会が急速に変容し、理解がそれに追いつかない時、ひとは目の前の選択肢を、身の安全や心の安心から選ぶものだからです。そして、不安や恐怖といった人間の感性は、長い進化の過程で人類が育んだものであり、論理や人工知能による推測が最も困難な領域でした。
予想外の事態を、例えば、世界で最も権威ある英語辞典を編纂してきたオックスフォード出版局が選んだ新語、ポスト・トゥルース(post-truth)の語を用いて説明するのも可能でしょう。ただ、人々が合理的とは思われない選択を行なった時、真実が軽んじられているといって現状を憂うる前に、なすべきことがあるように私には思われます。
私たちがどこへ行くのかを考えるには、私たちがどこから来たのかを考える、これが王道でしょう。危機を感じた時、人々はどのような選択をしてきたのか、これを考えるのが歴史です。私には、「歴史」に対する希求が社会の中に顕現してきたように感じられるのです。歴史の役割と醍醐味は、過去を正確に描きながらも、未来を創り出す力があるところだと思います。連続講義に参加してくれた中高生と一緒に作ったこの本が、その一つの試みとなっていれば、これに過ぐる喜びはありません。
【加藤陽子(かとう・ようこ)さんプロフィール】1960年、埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。89年、東京大学大学院博士課程修了。山梨大学助教授、スタンフォード大学フーバー研究所訪問研究員などを経て現職。専攻は日本近現代史。2010年に『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社/のちに新潮文庫)で小林秀雄賞受賞。主な著書に『模索する1930年代』(山川出版社)、『徴兵制と近代日本』(吉川弘文館)、『戦争の日本近現代史』(講談社現代新書)、『戦争の論理』『戦争を読む』(共に勁草書房)、『満州事変から日中戦争へ』(岩波新書)、『NHK さかのぼり日本史②昭和 とめられなかった戦争』(NHK出版)、『昭和天皇と戦争の世紀』(講談社)などがある。
【読者推薦コメント】
戦後70年の夏の天皇のお言葉、そして安倍談話の読み解きから始まる本書は、歴史と向き合う時の目の動かし方と姿勢を教えてくれました。そしてなにより抜群に面白い!一次資料を読むことの面白さと醍醐味、歴史学というものの迫力を高校生と一緒に体験いたしました。二度三度と読み返したくなる本です。鈴木泉美さん
かつて、本来であれば選ばれることのなかったさまざまな選択肢があったことが、初めて実感をともなってわかった。著者の覚悟が伝わり、前著より、面白さ、深さがともに増している。中高生たちの熱意、問い、著者の本気の応答が素晴らしい。今、かならず多くの人に読まれるべき本。じゅんさん
我々が暮らすこの現代が、過去の戦争、および失敗の上につくりあげられたものと再認識させられた。受験や試験対策で覚えてきた歴史は「科目」であって、本当の意味で考え、議論がしたかったと心から思った。千葉英樹さん
前作『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を名著ならしめた影の主役は著者の講義に鋭く応じる高校生たちだったが、それから5年以上を経て世代交代した新たな受講者たちの前著に劣らぬ思考が、著者のさらなる深化をもたらしている。山本雄三さん
【第2位】
ホモ・サピエンスは国家や貨幣、企業といった「虚構」を作り上げることで他者との協力を可能にし、文明と繁栄を手に入れた。歴史学、生物学等を縦横に行き来しながら、社会の成り立ちを解き、種の繁栄と個の幸福を問う。現代人必読の一冊。
人類250万年の歴史の総括に挑んだ野心的大著。虚構を信じる力(=想像力)が現生人類を進化の階段へと導いた。想像力によって、大人数が同じ目的のもとに協力することが可能になり、他のホモ属を圧倒していく。地球の支配者となり、生態系を脅かす存在にまで上り詰めた我々の行き着く先は、さらなる繁栄か、凋落への一途か?
まさに人類史のビッグピクチャー。数千年数万年単位の時間を俯瞰しながら、歴史学者の眼で鋭く「人間とは? 文明とは? 社会とは?」と問いかけてくる。早くも閉塞感が漂う21世紀に、幅広い読者が共有できる歴史を語るだけでなく、現代社会の前提を見つめ直し、人類の未来までも考えさせる名講義。
下巻はこちら
【第3位】
一次資料を丹念に紐解く過程をもとに、昭和における冤罪事件は人間の〈感情〉と〈認知バイアス〉の仕組みに起因すると解く。一方、そのような図式化された理解にこそ警鐘を鳴らすことも忘れていない。多角的な視野と視座によって事象を捉え、内省し、これからの長い道を歩く上で傍らに抱えたい労作である。
「清く、正しく、美しく。」道徳感情のはきだめと言って差し支えないSNS社会。誰もが無自覚的にそうあろうとすることは寧ろ喜ばしいことでありながら、口舌の刃の容赦のなさには恐怖と享楽が付きまとう。浜松事件、二俣事件を紐解いていく過程でこれまた無自覚的に発生する間接互恵性を見る事は上述の現代社会と奇妙にリンクしており、それはアダム・スミスの〈公平な観察者〉の進化した一形態であることまで示唆している。
足利事件の冤罪についての本を読んだ後、現代ですらこれだけひどい捜査が行われたのだから戦前や戦後の混乱期にはさぞかし......と思っていたらすごい本に出会った。当時の内務省と司法省のせめぎ合い、自治警と国警の警察組織の問題、数多の冤罪事件を引き起こした捜査方法やヒーロー刑事の誕生。そして著者は国民の道徳感情という曖昧な領域まで踏み込んでいく。ありとあらゆる分野の知見を駆使し慎重に文献に渉猟した労作中の労作。
【第4位】
栗原康さんが伊藤野枝の家族のように彼女の生涯を語る。その自由奔放さ! まるで紙芝居のように語る栗原さんの文章に、そして野枝の駆け抜けた生涯に、惹かれること間違いなしです。ぜひ。
岩波書店から出た本で爆笑するとは思わなかった。装丁とタイトルのインパクト。開きまくった文体。伊藤野枝と併走する著者の妄想。何よりアナキストの評伝が話題になり売れたという事実。笑うしかない。映像化熱望。
伊藤野枝の評伝。とにかく読んでくださいとしか言いようのない、おもしろ文体で生を高らかに歌い上げます。しかも、これには現代に必要なことが書かれている、とも言えます。いまを生き抜く知恵やオルタナティブな可能性を考えるのにも超重要作。とにかく必読ですよ!
【第5位】
高度経済成長という観点から振り返られがちな1950年代。その水面下では様々なサークル文化活動が繰り広げられていた。本書は、当時の一文化集団の運動をさぐり、「もう一つの戦後史」への視座を提供する。著者の早世が惜しまれるが、その足跡は失われることなく、影響を受けた数々の後継者が続くための道標となるはずである。そういう書だ、と信じている。
【第6位】
女性美術史家によるきめ細かい調査に裏付けられた建築家の物語。著者が在住のイスタンブールを歩きまわり日本とトルコを行き来して取材した迫力のドキュメント。忠太と親しみを込めて語りかける文体は読むものを旅へと誘い、少し変わった天才建築家の人柄がよく伝わります。
【第7位】
この地球上で最もありふれた畜産動物はほかでもない、ニワトリである。人類史上、その実用は食料としてだけに止まらない。神への供物として、魔術的シンボルとして、「二本足の薬箱」として。ニワトリは何故、あらゆる時代で人間の最も大切な伴侶となりえたのだろう。遺伝子レベルの「並外れた可塑性」にそのルーツを見出す本書は、現代の人目につかない養鶏場に詰め込まれた彼らに対して、あらためて畏敬の念を抱かせる。
【第8位】
【第9位】
【第10位】
閉塞状況を断ち切るための徹底した思考ゆえの「無」。本書が提起した世界の偶然性や無意味への問いはきわめて重要であり、そこから新たなる世界(そこにはもう人間は存在しないかもしれないが)、新たなる倫理の生成という潜在性を有しています。世界的衝撃作。
【第11位】
「もはや『右と左』の構図ではなく、『上と下』の時代だ」という本書のメッセージほど、今の世界情勢を的確に表している言葉はない。著者の文章には、大手メディアの報道にはない「手ざわり」がある。イギリスで起きていることが自分のことのように感じられ、自分は世界とこんなにもつながっているということに興奮した。
【第12位】
【第13位】
【第13位】
その島のひとたちは、ひとの話をきかない 精神科医、「自殺希少地域」を行く
森川すいめい / 青土社
2016/07出版
ISBN : 9784791769315
価格:¥1,540(本体¥1,400)
自殺者の少ない日本各地のフィールドワーク。田舎は人間関係が密だからとか、そういうことでもない(人間関係は煮詰まると生きにくい)。助ける/助けられることに慣れていて、各々が「自分」を持っている(人の話を聞かない)など、現代における精神的「生きやすさ」が見えてくる。
【第15位】
応仁の乱ほどぞんざいに扱われた戦乱もない。教科書ですら、東西の大将くらいは覚えさせても、その後の戦国時代にシフトしていくまでの過渡期の"つなぎ"的記述に終始している。とはいえ、日本を二分する戦乱が思いつきで始まった訳ではない。興福寺のような寺院勢力と貴族たちの文治政治が武力という実力行使の大波に瓦解するその瀬戸際の象徴として、現代と地続きの歴史であることを本書は見事に解き明かしている。
【第16位】
臨場感がすごい。判断の難しさを痛感します。
【第17位】
「沖縄の新聞は偏向しているのかと問われれば、偏向してますと大声で答えたいです」という沖縄タイムズ記者の言葉が目を覚まさせる。最近では公正中立な報道番作りを訴える「放送法遵守を求める視聴者の会」が話題になったが、ジャーナリストには先の記者、そして本書の著者のような気骨と矜持を持ち続けていただきたい。
シリアでは連日の爆撃で多くの市民が犠牲になり、沖縄では辺野古や高江で市民と警察が衝突を繰り返しているがなぜかニュースで取り上げられず。では新聞では......。沖縄地元で奮闘する記者へのインタビューから浮彫りになる日本の報道のあり方や本土と沖縄の温度差など、とても考えさせられる大宅壮一ノンフィクション賞受賞作家の一冊。
【第18位】
第二次大戦期における日本人・日本文化を礼賛する言説を集めた本。「日本死ね」と対照をなす「日本スゴイ」は、プロバガンダと呼ぶにはあまりに滑稽な、しかし多くの資料に残る史実として確かに人口に膾炙していた世論である。
日本主義、よい日本人、礼儀正しい日本人、よく働く日本人、神がかり日本に敗戦はない......。本気なのか、妄想なのか。いや本気の妄想、妄想の本気なのだ。戦時下の「日本スゴイ」本を刮目せよ。クールジャパン、ここに始まる。
【第19位】
「名古屋大学出版会の本はなぜ読みたくなるのか?(まったく知らない分野なのに)」同会を牽引してきた編集者がこれまで携わってきた企画の舞台裏を明かしつつ、アカデミアの世界をより多くの読者へひらく方法を語る渾身の学術書/編集論。
【第20位】
【第20位】
アートと社会はいかなる関係性を持つか、ロシア革命などの大きな歴史的潮流とともに20世紀美術から現代までへと考察する本書。世界的な傾向とみられる「参加型アート」の系譜や展開をたどっていくと、作者性と客観性、政府と国民の相関の正と負の面が浮かび上がってくる。
【第20位】
【第23位】
炎上に加担する人々の層が、これまでの世間が抱いていたイメージとは異なっていることを明かした画期的な研究だと思います。ネットでのコミュニケーションをする上で、ぜひ読んでおきたい一冊。
【第23位】
身体はトラウマを記録する 脳・心・体のつながりと回復のための手法
ベセル・A.ヴァン・デア・コルク、柴田裕之 / 紀伊國屋書店
2016/10出版
ISBN : 9784314011402
価格:¥4,180(本体¥3,800)
トラウマがどんな症状を引き起こし、人生にどんな影響を与え、どうやって回復していくのか。わかりやすい言葉ながら克明に描かれています。
【第23位】
山谷、寿町、笹島、釜ヶ崎を移りゆく労働者たちと、それを取りまく政治的・社会的状況を、外側からだけではなく、その内側から抉り出す。ハーヴェイやファノンらを引きながら、「アスファルトを引き剥がす」ように論じられる都市空間で生きる人たちの群れ、その叫びが、大きな声となって響く。
【第26位】
貴族の大邸宅や在米イギリス大使館に勤めた、五人の執事たち。著者の前著『おだまりローズ』ではメイドの世界が描かれていたが、本書は執事の世界。五人それぞれが一人称で執事として働いた笑いと涙と苦労の日々を語っており、まるで小説を読んでいるように20世紀イギリスの使用人世界を楽しむことができる。
【第27位】
【第27位】
英仏が勝手に砂漠に線を引き、第一次大戦後の中東の国境を決めようとした悪名高い協定から、今年でちょうど百年。いまだに「あれが諸悪の根源」と、「イスラーム国」やシリア内戦の原因呼ばわりされる協定ですが、本当にそうなのかと、気鋭の専門家が俗論に真っ向から挑みました。世の知ったかぶり達を沈黙させた一冊。
【第27位】
【第27位】
今年一番ワクワクしながら読んだ本。言葉では簡単には言い表せない「涅槃(ニッパーナ)」の核心に、2人の僧侶と哲学者が、誰にでもわかる平易な言葉で迫っていきます。読み進むうちに、人間が幸せに生きるための糸口を見つけることができます。仏教の新たな時代を切り開く名著。
*2015年12月~2016年11月に刊行された人文書を対象とし、2016年11月7日(月)~12月6日(火)の期間に読者の皆さまからアンケートを募りました。
*当企画における「人文書」とは、哲学・思想/心理/宗教/歴史/社会/教育学/批評・評論に該当する 書籍(文庫・新書含む)としております。
*推薦コメントの執筆者名は、一般応募の方は「さん」で統一させていただき、選考委員は「選」、紀伊國屋一般スタッフは所属部署を併記しています。
紀伊國屋書店は以下の20名をじんぶん大賞2017の選考委員としました。
長谷川紀雄【広島店】
相澤哲洋【久留米店】
幸田一男【広島店】
四井志郎【ブランド事業推進部】
野間健司【書籍営業部】
伊藤 稔【アミュプラザおおいた店】
森永達三【神戸店】
原 元太【首都圏西営業部】
生武正基【新宿本店】
渡辺哲史【東京営業本部】
小林永樹【首都圏北営業部】
福原 稔【中部営業部】
髙部知史【北海道営業部】
小林翔太【首都圏東営業部】
林下沙代【札幌本店】
竹田勇生【西武渋谷店】
伊藤隆弘【新宿本店】
桑原勇太【セブンパークアリオ柏店】
木下愛子【広島店】
山本 護【熊本はません店】
[事務局]
中村紀子【和書販売促進部】
和泉仁士【出版部】
池松美智子【和書販売促進部】
池田飛鳥【和書販売促進部】
【記念小冊子配布】
フェア期間中、加藤陽子氏の大賞受賞コメントならびに読者からの推薦コメントを掲載した小冊子を店頭にて無料配布いたします。(今年度より、「キノベス!」冊子との合本となります。)
【記念ブックフェア開催】
開催期間:2017年2月10日(金)~3月上旬
※主要店舗にて開催中。詳細は各店舗にお問い合わせください。
皆様のご来店を心よりお待ち申し上げます。
紀伊國屋じんぶん大賞2017事務局