イベントに行こう

【じんぶんや第78講】 熊野純彦選「困難な時代に、哲学するということ」

紀伊國屋書店新宿本店5階の月がわりブックフェア「じんぶんや」、今月の選者は熊野純彦さんです。今回の選書に関して、熊野さんからエッセイをいただきました。

熊野純彦さんエッセイ

熊野純彦.jpg わたくしには、趣味らしい趣味がありません。からだを動かす歓びは、ずいぶんまえに失ってしまいました。散歩ひとつ楽しむこともありません。音楽に耳をかたむけ、絵画に目を悦ばせるいとなみも、いまのわたくしには縁遠いものです。わたくしはそのかわり、学生時代このかた、本を、本だけを読んできました。そしていま、本を読み、考え、ことばを紡ぎだすいとなみを職業の一部としています。これはとても恵まれた選択であったと思っています。
ひとに対して本を薦めるというのは、どこか高慢な感じのする、すくなくとも後ろめたいこころみですが、それでもこの機会に、わたくしがどのような本との対話を好んできたかを、じぶんなりに考えなおしてみたいと思いました。その結果が今回の、この選書です。どの本もわたくしにとってかけがえのない一冊ですので、胸を張ってお薦めいたします。
四つの軸を立ててみました。(1)哲学の古典を読む。これは説明するまでもないでしょう。原型から現在にいたる哲学史上の古典がならんでいます。(2)倫理学的な思考へ。この軸では、哲学書のなかでも倫理学的思考にかかわるものを選んでみました。世間一般で流布している倫理学のイメージとは、ちょっとだけことなっているかもしれません。(3)研究書という宇宙。すぐれた研究書はそれ自体ひとつの「世界」をかたちづくっています。あるいはそれ自身として一箇の「小宇宙」といってよいものです。古典ともなった研究書は、そこに盛られた知見そのものがたとえ古びていったとしても、なお生きのこります。テクストとしての固有の魅力によって生きのこってゆくのです。今回は選に入れませんでしたが、たとえば丸山真男の『日本政治思想史研究』にふれて、わたくしはかつておなじ趣旨の発言をしたことがあります。
 (4)詩と思想の交錯へ。一篇の詩を読み、一行の詩行にふれることで、じぶんにとっての世界が変わってしまうことがあります。O saison, ô château! / Quelle âme est sans défauts? ランボーの詩篇です。小林秀雄訳を示しましょう。「あゝ、季節よ、城よ、/無疵な魂(こころ)が何処にある」。世界はときとしてとてつもなく美しい。世界のうちで生きることは、しかしどこか根源的な悲しみに満ちています。そんな気がしてきませんか?
 おなじように、哲学的なテクストによっても、世界の見えかたが変わってしまうことがあります。だとしたら詩のことばと哲学のことばとは、たがいをむしろ測りあうところがあるのではないでしょうか。そればかりではありません。戦後のこの国で、思想と呼ばれるもののうち主要なもののいくつかは、詩人たちによって表現されてきました。戦後詩という、稀にみる硬質なことばの群れはいまもなお、あるいはいまこそまた読まれなければならないように思います。

熊野純彦(くまの・すみひこ)さんプロフィール

1958年神奈川県生まれ。1981年、東京大学文学部卒業。現在、東京大学文学部教授。
著書 『レヴィナス』『差異と隔たり』『西洋哲学史 古代から中世へ』『西洋哲学史 近代から現代へ』『和辻哲郎』(以上、岩波書店)、『レヴィナス入門』『ヘーゲル』(以上、筑摩書房)、『カント』『メルロ=ポンティ』(以上、NHK出版)、『戦後思想の一断面』(ナカニシヤ出版)、『埴谷雄高』(講談社)
編著 『近代哲学の名著』『現代哲学の名著』『日本哲学小史』(以上、中央公論新社)ほか
訳書 レヴィナス『全体性と無限』、レーヴィット『共同存在の現象学』(以上、岩波書店)、カント『純粋理性批判』(作品社)

純粋理性批判

純粋理性批判

イマ-ヌエル・カント、熊野純彦 / 作品社
2012/01出版
ISBN : 9784861823589
価格:¥8,640(本体¥8,000)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら

なにを翻訳すべきか。どのように翻訳すべきか。だれに向けて翻訳すべきなのか。これらの問いに決定的な答えはないだろう。それでも、翻訳をこころみる者は、そのつどみずからの回答を用意しておかなければならない。あくまで「じぶん用」の答案であるにしても、である。
 わたくしの場合はこうである。かぎられたみずからの時間のなかで、じぶんの仕事としては、偏愛する古典だけを訳したい。その古典を、いま現在の日本語の水準として受容可能なかたちで訳したい。できるだけひろい読者層に対して開かれたしかたで、つまり、いうところの「プロ」の方にも、いわゆる専門外の読者の方々にも、それぞれに受けいれていただけるかたちで訳したい。
 今回のカント『純粋理性批判』の翻訳が、以上の条件を満たしているかどうかは、訳者本人の判断できることがらではない。ただ、その思いのすべてが、現在では珍しいものともなってしまった、重厚で美しい造本のなかに籠められていることだけは申しあげておきたいと思う。(熊野純彦)


熊野純彦さん 選書+コメント

(1)哲学の古典を読む

ソクラテス以前哲学者断片集 第1分冊

ソクラテス以前哲学者断片集 第1分冊

内山勝利、内山勝利 / 岩波書店
1996/12出版
ISBN : 9784000920919
価格:¥5,400(本体¥5,000)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


哲学がそこからはじまる始原の経験とはなにか。プラトンやアリストテレスに先だつ、存在をめぐる根源的な思考はどのように紡ぎだされたのか。断片から断片へと思考を遊ばせながら、哲学的思惟の現場に降りたってみたい。
全5冊・別冊。

ライプニッツ著作集 1

ライプニッツ著作集 1

ゴットフリ-ト・ヴィルヘルム・ライプニツ / 工作舎
1988/12出版
ISBN : 9784875021490
価格:¥10,800(本体¥10,000)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


カント研究者としても知られる、坂部恵は、「カントは百年にひとりの天才、ライプニッツは千年にひとりの天才」とくりかえし語った。論理学・数学から、哲学・自然学を経て、中国学にまでおよぶその巨大な足跡をたどってみたい。
全10巻。

純粋理性批判

純粋理性批判

イマ-ヌエル・カント、熊野純彦 / 作品社
2012/01出版
ISBN : 9784861823589
価格:¥8,640(本体¥8,000)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


経験はどのようにしてなりたつのか。経験を超えた思考は可能なのか。こうした問いを中心にして、哲学の伝統的な問題のすべてが問いなおされ、神、自由、不死性をめぐって形而上学の可能性と不可能性が問いかえされる。

精神現象学

精神現象学

ゲオルク・ヴィルヘルム・フリ-ドリヒ・ヘ、長谷川宏 / 作品社
1998/03出版
ISBN : 9784878932946
価格:¥5,184(本体¥4,800)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


ヘーゲルはカントを継承し、カントを超えて、意識の経験の学を展開した。意識の経験は直接的なこのものからはじまる。意識は経験を積みかさねてゆくことでさまざまな世界を遍歴し、ついに絶対的な哲学的認識へと到達する。

現象学の根本問題

現象学の根本問題

マルティン・ハイデッガ-、木田元 / 作品社
2010/12出版
ISBN : 9784861820687
価格:¥5,184(本体¥4,800)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


存在とはなにか。哲学のこの根源的な問いに対して、プラトン、アリストテレスの思考と、たがいを測りあうほどの深さにおいて思考が展開されなければならない。かくしてハイデガーの問いは提起され、未公刊の大著の扉がひらく。


(2)倫理学的な思考へ

共同存在の現象学

共同存在の現象学

カルル・レ-ヴィット、熊野純彦 / 岩波書店
2008/10出版
ISBN : 9784003369319
価格:¥1,296(本体¥1,200)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


人間にとって、共に在る他者とはなにか。私が他者と共に在り、他者に対して在るとはどのようなことがらなのか。「倫理学的諸問題の人間学的基礎づけのために」という副題をもつ本書にあって、レーヴィットはこう問いかける。

全体性と無限 上

全体性と無限 上

エマニュエル・レヴィナス、熊野純彦 / 岩波書店
2005/11出版
ISBN : 9784003369111
価格:¥1,166(本体¥1,080)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


アウシュヴィッツのあとに、どのようにして「倫理」について語ることができるのか。西欧哲学を支配してきた全体性の概念を拒否し、私にとって包摂不可能な、無限に他なるものとしての他者をめぐって思考が展開されることだろう。
上下巻。

倫理学 1

倫理学 1

和辻哲郎 / 岩波書店
2007/01出版
ISBN : 9784003314494
価格:¥1,188(本体¥1,100)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


人間とは「人と人の間」を意味する、と和辻はいう。そうした立場から倫理の意味をあきらかにし、空間を問い、時間を考え、さらにはまた家族、地縁共同体、経済社会、国家へと問いすすめてゆく、近代日本哲学の達成のひとつ。
全4巻。

本居宣長

本居宣長

相良亨 / 講談社
2011/06出版
ISBN : 9784062920568
価格:¥1,134(本体¥1,050)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


日本人なるものにとって理法とはなにか。倫理的であるとは、どのような生きかたとされてきたのか。「物のあわれをしること」から「せむかたなし」といわれる生きかたへといたるみちすじを、碩学がていねいに跡づけてゆく。

差異と隔たり 他なるものへの倫理

差異と隔たり 他なるものへの倫理

熊野純彦 / 岩波書店
2003/10出版
ISBN : 9784000230087
価格:¥3,240(本体¥3,000)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


身体や生命を所有することは可能か。過ぎ去ったものについて語るとはなにについて語ることか。他者に向けてことばを発することがなぜ倫理学の問いとなるのか。思考がよどむその場所で、思考が展開されなければならない。


(3)研究書という宇宙

アウグスティヌスと東方教父 キリスト教思想の源流に学ぶ

アウグスティヌスと東方教父 キリスト教思想の源流に学ぶ

谷隆一郎 / 九州大学出版会
2011/04出版
ISBN : 9784798500485
価格:¥3,456(本体¥3,200)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


東方教父の代表者、ニュッサのグレゴリオスや証聖者マクシモスの名は、アウグスティヌスのなまえほどには知られていない。西方教父の代表である後者の思考は、前者のそれとどのように交錯するのか。他に類書のない一書。

カントと神 理性信仰・道徳・宗教

カントと神 理性信仰・道徳・宗教

宇都宮芳明 / 岩波書店
1998/10出版
ISBN : 9784000028288
価格:¥7,560(本体¥7,000)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


カント哲学最大の問題は「神」であり、神への「理性信仰」である。そのような立場から、『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』はもとより、その主要な著作のすべてを読みとき、透徹した見とおしを与えた著者畢生の大著。

ヘ-ゲル哲学の形成と原理 理念的なものと経験的なものの交差

ヘ-ゲル哲学の形成と原理 理念的なものと経験的なものの交差

加藤尚武 / 未来社
1980/10出版
ISBN : 9784624010515
価格:¥3,456(本体¥3,200)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


若きヘーゲルが展開した「生」の存在論は、どのような曲折を経て『精神現象学』へと結実し、弁証法を生んだのか。ヘーゲルを読みとくことが、現代において哲学することの課題そのものとむすびあうしだいを示した、古典的名著。

資本論の哲学

資本論の哲学

広松渉 / 平凡社
2010/09出版
ISBN : 9784582767087
価格:¥1,836(本体¥1,700)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


資本論の価値論、とりわけその価値形態論と物神性(フェティシズム)論は、資本のシステムを理解するうえで根底的な意味をもつ。マルクス以前の労働価値説を超克する思考の基底をあかし、物象化論的解釈を定礎した一書。

レヴィナス 移ろいゆくものへの視線

レヴィナス 移ろいゆくものへの視線

熊野純彦 / 岩波書店
1999/06出版
ISBN : 9784000025225
価格:¥3,888(本体¥3,600)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


移ろいゆく時間のなかで、ひとはなにを所有しうるのか。傷つき、老いてゆく他者とおなじ時を分かちあうことは、死を目のまえにした、かけがえのない他者からの呼び声に応えることは可能か。レヴィナスを読みときつつ考える。


(4)詩と思想の交錯へ

田村隆一全詩集

田村隆一全詩集

田村隆一 / 思潮社
2000/08出版
ISBN : 9784783723127
価格:¥23,760(本体¥22,000)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


「一篇の詩が生まれるためには、/われわれは殺さなければならない/多くのものを殺さなければならない/多くの愛するものを射殺し、暗殺し、毒殺するのだ」(詩集『四千の日と夜』所収「四千の日と夜」)

吉本隆明全詩集

吉本隆明全詩集

吉本隆明 / 思潮社
2003/07出版
ISBN : 9784783723219
価格:¥27,000(本体¥25,000)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


「ぼくは書きとめておかう 世界が/毒をのんで苦もんしてゐる季節に/中略/ぼくは ぼくの屈辱を/同胞の屈辱にむすびつけた/ぼくは ぼくの冷酷なこころに/論理を与えた」(『定本詩集』所収「ぼくが罪を忘れないうちに」)

永遠まで

永遠まで

高橋睦郎 / 思潮社
2009/07出版
ISBN : 9784783731351
価格:¥3,024(本体¥2,800)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


「私の名は 死を喰らう者/新しい不幸の香を 鋭く嗅ぎつける者/喪の家にいちはやく駆けつけ 死肉を貪り/望まれず 甲高い嘆きの声を挙げる者」(「私の名は」)

仮面の解釈学

仮面の解釈学

坂部恵 / 東京大学出版会
2009/10出版
ISBN : 9784130130912
価格:¥3,024(本体¥2,800)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


詩は世界をひらく。詩は世界のあらたな相貌をひらく。哲学のことばもそうである。哲学者のテクストもまた、世界をあらたに見つめることを教えてくれる。だとしたら、哲学のことばもまた、詩とたがいに測りあうことになるだろう。

詩と国家 「かたち」としての言葉論

詩と国家 「かたち」としての言葉論

菅野覚明 / 勁草書房
2005/11出版
ISBN : 9784326199297
価格:¥2,376(本体¥2,200)

本棚に登録 カートに入れる 店頭在庫検索 電子書籍はこちら


詩はなぜ思考の課題となるのか。ことばの本源的なありかはなにか。和辻哲郎の言語論をひとつの手がかりに、時枝文法、山田文法にも学び、古今の詩作品を引用しながら、詩から国家へといたるすじみちを踏破するこころみ。


「じんぶんや」とは?

jinbunya.gifこんにちは。じんぶんやです。
2004年9月、紀伊國屋書店新宿本店5階売場に「じんぶんや」という棚が生まれました。

「じんぶんや」アイデンティティ1
★ 月 が わ り の 選 者
「じんぶんや」に並ぶ本を選ぶのは、編集者、学者、評論家など、その月のテーマに精通したプロの本読みたちです。「世に溢れかえる書物の山から厳選した本を、お客様にお薦めできるようなコーナーを作ろう」と考えて立ち上げました。数多の本を読み込んだ選者たちのおすすめ本は、掛け値なしに「じんぶんや」推薦印つき。
「じんぶんや」アイデンティティ2
★ 月 が わ り の テ ー マ
人文科学およびその周辺の主題をふらふらと巡っています。ここまでのテーマは、子どもが大きくなったら読ませたい本、身体論、詩、女性学...など。人文科学って日々の生活から縁遠いことではなくて、生きていくのに案外役に立ったりするのです。

ご愛顧のほど、どうぞよろしくお願いします。
「じんぶんや」バックナンバー
こちらのページから今までの「じんぶんや」をご覧いただけます。


【じんぶんや第78講】熊野純彦選「困難な時代に、哲学するということ」
場  所 紀伊國屋書店新宿本店 5Fカウンター前
会  期 2012年3月3日(土)~4月上旬
お問合せ 紀伊國屋書店新宿本店5階 03-3354-5700

2012.03.05 特集[TOP]  人文 売れそう 東京 関東 カント 作品社 哲学 熊野 純彦 純粋理性批判