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【ホンのさわりですが 今日の一節】 『地図のない道』 須賀敦子

 端正で抑制の効いた文章。それでいて不思議なほど心地よく心に響いて来る、心地よい言葉のリズム。わけもなく「須賀敦子の散文が読みたい!」と渇きを覚える時があります。どの著作からも抜き書きしたくなってしまいますが、今回は『地図のない道』からです。(ちなみに、2011年はイタリア統一150年にあたり、今秋には日本でもさまざまな催事が計画されています。紀伊國屋書店でも イタリア書フェア を開催中です。)

 あんたもなあ、ふびんな。祖母がそれだけいうと私をちらりと見ただけで目をそむけたのは、かれこれ二時間も話しあったあとだった。うん。こちらもそれしかいえなかった。自分のなかにぎっしりつまったイタリア語での経験を、どう訳して祖母に伝えればよいのか見当もつかなかった。テレビがついたままになっていて、祖母はそれを見るでもなく、昔、よくしていたふうに、眼がねをかけて新聞のうえにかがみこむこともしないで、ほうけた視線を宙にただよわせていた。面長な、若いときは浮世絵みたいなといわれた青白い祖母の横顔に、テレビ番組のカラーが色褪せた幻燈のようにつぎつぎと映っては消えた。

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「ホンのさわりですが 今日の一節」では、さまざまな本の中から、心に響くフレーズ、魅力的なひとまとまりの文章を抜書でご紹介します。文章そのものが持つ力を、お楽しみください。

(編集部 川島)

地図のない道
須賀敦子
新潮社 (2002/08 出版)
ISBN:9784101392226
価格:¥432(本体¥400)

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2011.08.02 注目の本  文学 イタリア ホンのさわりですが 外国暮らし