内容説明
犬も歩けば,棒にあたる――一度何もかもを手放し,徒手空拳の犬になる.すると,何かにぶつかる.コツンと乾いた音がして周囲が一瞬明るくなり,そこから次の展開が生まれてくる.それが「開かれたかたちで,考える」ということの指標だ.幕末から戦後,そして現在を貫いて,紋切り型の「正しさ」を内側から覆す,新しい思考の流儀.
目次
はじめに 演題について┴1 「犬も歩けば、棒にあたる」ということ┴2 間違う思考は、間違いか 吉本隆明さんとのやりとり┴3 「内在」から「関係」への転轍 『日本人の自画像』┴4 現代世界と尊皇攘夷の「変態力」┴5 幕末の攘夷思想と昭和前期の皇国思想┴6 吉本隆明の一九四五年┴7 護憲論の二階建て構造┴8 壁にぶつかる護憲論┴9 憲法九条から日米安保へ
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
生ハム
5
本当に譲れない、「これだけは本当だ、ということ」があり、それを実現するためになりふり構わず邁進するからこそ、思想を変えていけるのだなと感じました。 「正義の戦争よりも不正義の平和のほうがいい」 という一文が胸に刺さります。 憲法の第9条が矛盾しきっていることなんて、中学生でもわかります。 理解できます。 でも、なぜ9条が矛盾しているとわかっていながらもなお、それを守ろうとするのか。 戦争を経験して、 戦争が嫌だったから。 きっと、これに尽きるのかなと。2020/03/29
Bevel
3
地べたの普遍性(=個人のうちにある正義、「誰が何と言おうとこれだけは本当」)がなければ、現実の壁にぶつかれない。幕末から明治の尊王攘夷運動の集団転向にはそれがあったが、皇国思想やISにはなかった。これを護憲論に適用すると「とにかく戦争は嫌だ」が普遍性に対応し、そこから安全保障を考え抜くのがよいのではという感じ。みずからの正義という前提を意識することで、認識の様態が変わるというところには共感がある。ただ、地べたの普遍性は、普遍かつ多様であり、自分で選べたりしないし、その多様性の中で民主主義は進むと思った。2022/09/20
ゆえじん
3
リベラルな護憲論の膠着状態を崩す理屈として、一階部分の平和感情が、二階部分の護憲・護教論に対してせり出していくという構図を立てるのだけど… リベラルな改憲の可能性を探ることは重要だとしても、保守の側からの改憲の欲望がどういうところから来ているのかを考えないと、リベラルに勝利はない気がする。加藤さんが『敗戦後論』でアイデンティティの分裂として整理した日本の問題はどう、この改憲論につながっているのだろう… ちょっと読み切れなかった。もう少し、加藤さんの本を読むしかないか…2019/08/22
メイロング
3
一階部分二階部分という形が貫かれているので、最後までわかりやすく読める。幕末から現在は地続きなんだなーと実感できる。学校の歴史あるあるを分析しているところが好き。こういう論説文で、なるほどねえーと読み終えられたのは初めてかも。2018/06/09
そーすけ
2
209*あまり立憲主義を強調しすぎると、変な憲法に変えられてしまった場合、困ったことになるという指摘は意外な盲点だった。2018/09/13