内容説明
イギリスに暮らす悦子は、娘を自殺で失った。喪失感に苛まれる中、戦後混乱期の長崎で微かな希望を胸に懸命に生きぬいた若き日々を振り返る。新たな人生を求め、犠牲にしたものに想いを馳せる。『女たちの遠い夏』改題。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
320
カズオ・イシグロの最初の長編小説。主人公、悦子の回想のスタイルで語られる。ただし、その構造はやや複雑で、イギリスに暮らす現在と、長崎にいた過去とが、その中間部を欠いたままで語られている。この点にこそ、この作品の一番の特質があるのだが、その一方で読者の側には幾分かのフラストレーションが残されることになる。佐知子と万里子のその後も、景子に関わる経緯も不明なままなのだ。2012/04/13
のっち♬
242
敗戦という価値のパラダイムの変化で訪れる過渡期の混乱の中、その犠牲者や微かな希望を棄てない人々の生き方を綴っている。精妙な会話を中心に据えながら、登場人物の心の動きを巧みに表出させ、立場の異なる悦子と佐知子がすれ違う様を見事に描いている。悦子と佐知子、万里子と景子の人生の微妙な重なりも話に奥行きをもたらし、暗い回想の底に流れる悦子の自責の念が独特の色彩を添える。記憶は「思い出すときの事情しだいで、ひどく彩りが変わってしまう」—誰しもが自己の内に物語を創造して心のバランスをとっている。著者らしい薄明な質感。2020/04/28
HIRO1970
189
⭐️⭐️⭐️⭐️図書館本。カズオイシグロさんは7冊目。既読「女たちの遠い夏」の改題版でした。イシグロさんの本は私的には難解な部類に入る為、敢えて再読しました。結果的に予習して受けた不得意科目の講義の様に、前回よりもかなり明確にシンプルに伝わって来たのは驚きでした。今の時代もグローバリズムによるパラダイムシフトが世界の果てまで広がっており、一握りの勝者と大勢の敗者を量産する流れが顕著です。かつての繁栄者が自己のアイデンティティーをどうやって保つのかがメインテーマなら英国でのテーマとしてはツボだと思いました。2016/10/16
ケイ
147
随分前に『女たちの遠い夏』として読んだ。改題と知り再読。改めてこの頃のイシグロは良かったなと思う。故郷への回想には、センチメンタリズムよりドライさがぼんやりと感じられ、そのドライさが時代の変遷の不条理さにピタリとはまっている。女の語りにあるのは湿っぽさより諦念だ。「でも、結局、他に大したことがあるわけではないでしょ」結婚し子供を産む女の人生を肯定しない娘への言葉にハッとする。確かに、そういうことかもしれない。日本名が漢字にされていること、女の言葉遣いでイメージが限定されるのが嫌で、原文も読むことにする。2021/08/01
あきぽん
145
ノーベル賞作家、カズオイシグロの初期作。「女性」と「ニッポン」を「男性」かつ「イギリス人」の作者が遠いところから眺めて描いた作品。なんとなくちぐはぐでかみ合わないモザイクのような作りで余白が多く、村上春樹を連想。村上春樹はいつノーベル賞をとるのやら。2017/11/23