内容説明
フェンスに囲まれた沖縄の街に生まれ育ちアメリカで学んだ著者が、占領時代を経て祖国復帰から現在に至る戦後沖縄社会の風景を、自らの身体的経験と記憶をもとに“文化=政治”の視点から鮮烈に描き出す。
目次
第1章 占領の文化、文化の占領
第2章 琉球大学とアメリカニズム
第3章 他者のまなざし
第4章 風景の政治学
第5章 祝祭空間「オキナワ」―クリントン演説をめぐって
第6章 メディアに表象される沖縄
第7章 まなざしの政治学
第8章 沖縄を生きる
著者等紹介
田仲康博[タナカヤスヒロ]
1954年生まれ。ウィスコンシン大学社会学部博士課程修了(Ph.D.)。現在、国際基督教大学アーツ・サイエンス学科准教授。専門は社会学、メディア・文化研究(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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二人娘の父
10
ボーダーインク刊行の『つながる沖縄近現代史』でその一節が紹介されていた本書。タイトルが意味するところは、沖縄で生まれ育ち、十数年間アメリカ留学後に故郷に戻った著者が沖縄から垣間見た「風景の裂け目」とは何かを、繰り返し多彩な言葉を繰って語る。「本土」であるはずだった日本への同化から、アメリカ支配の時代を通じて「復帰」を果たした後、基地問題と地域社会の崩壊・瓦解のなかで強調される「沖縄らしさ」のなかに空虚な感情を抱く。沖縄を考えざるを得なくなった人間にとって、この感情とどう接するのかは大きな課題である。2022/02/08
なー
1
東京に生まれ育ったわたしは、「沖縄」という場所について考えることはほとんどなかったと言っていい。この本を読んで、沖縄がいかに特殊な場所であるか、沖縄という地の持つ政治的意味の大きさに気付かされた。米軍基地の撤去を求める島人に対し「普天間か辺野古か」という見当違いとも言える二択を突きつけた政府への疑問を改めて思い出した。また、戦争が「過去」としてある特定の時間軸に閉じ込められてしまうことで「現在」から切り離されてしまう、という言説に目が覚める思いがした。戦争はまだ、地続き的に現在につながっている。2016/12/21
9rikaz00
0
ナショナリズムにもつながる論。頭が痛い、この手のイデオロギー対立は苦手だなあ2011/08/17
Was
0
メディアの生み出すイメージを再生産し続ける「祝祭空間」としての沖縄。それを乗り越えるものとして「カオス性」に可能性を見出していく(ここはもっと読みたかった、その妥当性の検証も含めて)。幾多の示唆に富んでいて、良著だと思う。社会学であれなんであれ沖縄論をやるのに読んでおいて損は無いでしょう。2011/07/11
やまべ
0
沖縄の「文化」にどっぷりハマっている自分のような人間には、そういう状況を一歩引いて見てみるという点で、教えられるところの多い本だったように思う。2010/08/12
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- 和書
- 国際法からみた領土と日本