感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
tenori
37
1938(昭和13)年の作品。結核を患った婚約者との療養所(サナトリウム)での生活、短く儚いが二人にとっては幸福だった日々を淡々と綴った私小説。情景描写が素晴らしく絵画を観賞しているよう。ただ、その文体のあまりの美しさと、結核=死という当時の時代背景が行く末を連想させてしまい、同時代の他の作家の作品と比較してアナクロニズムな感じは否めず強く心に残らない感じ。哀しい物語なのに哀れさが残らず清々しい印象を受けるのは不思議。2021/08/19
ともこ
25
八ヶ岳のサナトリウムで暮らす節子と私。死による別れが近づいているにも関わらず、ふたりで過ごす時間の幸福を感じている。悲しい・淋しい・辛いなどという思いを超越した満ち足りた時間が流れる。愛する人々との別れを、私はこんな風に迎えられるだろうか。「幸福だった」と失ってから気づくかもしれない。実は、今がとても幸福なのでは。夏の森の緑、夜の雪に映る小屋の灯りなど、豊かな情景描写に八ヶ岳の風を感じた。「風立ちぬ、いざ生きめやも」さぁ、生きよう。2023/07/05
シュラフ
21
学生時代に読んだときは、高原のサナトリウムを舞台にした純愛小説として、ただ素直に感動した。節子への献身的な愛というものが胸をうったおぼえがある。だが、今回読んでみると、節子に対する愛というものがあまりに観念的な一方的すぎることに気づく。いまの生活は俺の気まぐれではないか、そうした不安感を男は抱えている。そして節子の容態がいよいよ悪くなって、"家に帰りたい"と言ったときに、ふたりの恋愛ゲームは終わってしまった。おそらくふたりは肌を重ね合わせてはないだろう。セックスなき恋愛というのは観念的なものでしかない。2016/12/24
ちー坊
21
初読み堀辰雄。じんわりと胸にしみました。悲しさとか優しさとかそういう切ないものがじわじわと時には一気に押し寄せてくるそんな感じがしました。生への快感というか生きることの愉しさを考えされされました。個人的に結構好きです。2人だけの幸福がそこにはあってサナトリウムでの生活はどこか淋しげでいてどこか優しく不安なものを感じました。タイトルの『風立ちぬ』の意味がわかった時は目頭が熱くなりました。生きようと漠然と思いました。何年後かにまた読みたいです。2016/02/21
イプシロン
21
今を生きる。簡単そうで一番難しいこと。生れしものは必ず死す。死を見つめずして生きることは不可能だ。だけれども死を知ったならば、そこから離れて今を生きるしかないのだ。それは辛く悲しいことだ。追りくる影をふり払い、忍び寄る思い出を振ふり払う、逃走のようでさえある。結局、主人公は小説の結末を書かない。それこそが答えなのだと思った。いつか風は立つ。それまでも生き続けるしかないのだろう。たとえその生が郷愁に染まった秋色のままであっても。一緒にいることが全て。そういう現実のありがたさが確信となって胸に迫ってくる一冊。2014/08/26