内容説明
戦争体験の風化に反比例するかのように、いま・なぜ“戦争と罪責”の問題が浮上してくるのか?精神病理学を専門とする著者が、“近代性と感情”という視座から日本思想史の読み直しを試みる。
目次
戦争と罪責意識について
第1部 メランコリーと暴力(戦争とメランコリー―アインシュタイン・フロイト往復書簡に寄せて;負い目あるいは権力意識の発生―ニーチェからフーコーへ)
第2部 戦後天皇制をめぐって(無のレトック―日本的イデオロギーの一原型・和辻哲郎;憂鬱な国―三島由紀夫「文化防衛論」を再読する)
第3部 アジアの近代(ナショナリズムにおける感情の問題―孫歌『アジアを語ることのジレンマ』との対話の試み;「近代の超克」とは何か―日本近代思想史への一視角)
著者等紹介
小林敏明[コバヤシトシアキ]
1948年生まれ。ベルリン自由大学学位取得、ライプツィヒ大学教授資格取得を経て、ライプツィヒ大学東アジア研究所教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ひろゆき
1
主体というものが支配的イデオロギーに対抗する反抗点にはならず、むしろ支配的イデオロギーが貫徹するために機能するメカニズム。それをフロイト、ニーチェ、フーコーなどを拠り所に示す。行動規範が内面化され、それに従属する主体。アルチュセールのイデオロギー論と切り口は違うかも知れないが、基本、同じかと。普通に学校教育を受け、本を読み、恋愛をし、仕事をし、支出するという普通の日常が、権力を再生産する。自分は「外部」にいることは不可能。他に、三島由紀夫にとっての民族、天皇が典型的右翼との差異があることを示す論考など2012/04/10