内容説明
“みづからをしらんことをもとむる”ことを徹底的に追究し、言語超越的な世界の真相に迫った、哲学者・道元のスリリングな知的営為を鮮やかに読み解く好著。
目次
第1章 真理と言葉(道元における二種の言語;真理をどう表現するか ほか)
第2章 言葉と空(主観の構図―「一水四見」;「空」について)
第3章 自己と世界(「青山常運歩」とはどのような事態か;自己と全体世界との関係)
第4章 「さとり」と修行(「同時成道」について;「修証一等」とは何か ほか)
第5章 時・自己・存在(「有時」について;自己と時 ほか)
著者等紹介
頼住光子[ヨリズミミツコ]
1961年、神奈川県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。山口大学講師、助教授を経て、お茶の水女子大学大学院教授。2013年東京大学人文社会系研究科倫理学科教授。専攻は日本倫理思想史
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感想・レビュー
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魚京童!
12
苦からの脱却というが、既に苦がなくなった世界では仏教的な何かが求められていないのかもしれない。お酒を飲んで幸せになってしまえば楽になれる。一時的で苦ではなくなる。修行をしなくても済む。そんなことを思った。面白いよなー、参考文献として挙げられてるものに漢文って普通に書いてあって、それをどう読めばいいねんって思う。英語を読むみたいに読みたいよね。2024/07/12
ねこさん
12
空と修行を基底にして道元の視界、生の佇まいが立ち上がってくる。かなり絞り込んで語られている分、わかりやすい。2024/05/14
非日常口
7
デリダに先立つこと700年。1200年代に何かが起こる瞬間の直前、ウツに何かが訪れることを考えた道元。欧・中言語は従属節が"When~"と文の内容よりもその指示語を提示するが、そのとき確かに文の内容が言葉と出す前に頭をかすめる。「〜の時」と文内容が先に来る日本語を使って、中国由来の禅の思想を変換したからこそ加速した思想があったのではないか。縁起が立ちのぼる瞬間、デュアルミーニングとしての「無」(ゼロと無限=収束と発散)が生まれたのだろう。静中動/動中静は職人や伊勢上のような達人の気質に芽吹き今に伝わる。2013/08/24
りっとう ゆき
5
自己、時間、世界…すべて空をもとに論じられてて、もちろんそれは検証できないけど、すごく腑に落ちるというかほっとするというかしっくりくる。現実世界は言葉によって世界を概念化するみたいなことはソシュールにも通じそうだし、自己の関係あるもののみを見る、とかは脳の話にも通じそうだし、あとは存在とか時間とかの話、刻々とした時間じゃなくて今、今が空につながるよ、とか、絶対的なもの、固定的なものを否定するとかのふわふわゆらゆら感とか、現代の西洋哲学とか科学にも通じることをこの時代から論じてるのがすごいよな。2023/09/17
しんすけ
4
以下様に書かれた箇所がある。「道元は、表現が固定化され、固定観念としてわれわれの認識を束縛することを拒むのである。」著者は強調していないが、本書の主題はここにあるように思えてならない。物を考える際に固定概念に縛られると、発想そのものが貧弱になる。周囲のすべてを疑い、さらに己の有する知識をも疑うとき、進むべき途は観えてくるものである。『山水経』の「青山常運歩」を取り上げ、動くはずのない山を動くと観る道元の発想の特異性に注目している。ここに「すべてを疑いうる」とした近代精神に似たものさえ、ぼくは感じる。2018/03/31




