内容説明
「私がたまたま作家にならざるを得なかったのは、中国でのぬきがたき因縁による」。累々たる死屍の上に君臨する女帝、廬州の秋に散った日本人看護婦、戦時に横行するきなくさい軍人たち…。古代から現代までさまざまな時代の淫女豪傑の物語を、広大な風景を背景に描いた中国小説九篇を収める。
著者等紹介
武田泰淳[タケダタイジュン]
明治45(1912)年、東京・本郷の潮泉寺住職大島泰信の次男に生まれる。旧制浦和高校を経て東大支那文学科を中退。僧侶としての体験、左翼運動、戦時下における中国体験が、思想的重量感を持つ作品群の起動点となった。昭和18年『司馬遷』を刊行、21年以後、戦後文学の代表的旗手としてかずかずの創作を発表し、不滅の足跡を残した。51(1976)年10月没。48年『快楽』により日本文学大賞、51年『目まいのする散歩』により野間文芸賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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かんやん
7
評論「淫女と豪傑」の水滸伝と金瓶梅の比較が興味深かったけれど、伝奇ロマン的な短編より戦中・戦後を扱ったものが圧倒的に印象に残る。スパイ、漢奸、転向者、戦犯、パージ…それらを通して「滅亡」という大きなテーマが浮かび上がる。「獣の徴章」「興安嶺の支配者」の転向して軍に協力する小心なインテリの恥辱感はこの作家らしい。一方で立派な軍人もいれば、自局に便乗する商人、日本に協力する中国人もいる。時の流れが彼らを押し流してゆく。国敗れて山河ありというが、山河の美しさを見る、そして書き留めるのは、滅び行く人間なんだな。2016/04/09
あ げ こ
4
聡明であるが故に、人々にはその言動が理解出来ぬと疎まれ、時には存在自体が恐怖そのものであるかのように扱われた女性達、人には気付かれぬ不幸を秘めた彼女達の物語が特にいい。血生臭い悪行を重ねる姿は残酷だが、空虚を抱えたままの胸中が憐憫を誘う。「人間以外の女」もまた印象深い。妻が人間以外の女であると気付いた途端、散々愛したことを忘れ、その正体を暴くことこそが正しいと言う義兄の言葉を選んだ男。最後、悲嘆する男に対し、妻を愛した事実こそが重要であったと指摘する、ある女性の言葉が胸に響く。2013/09/20
オイコラ
3
武侠小説を期待したら違った。十三妹の原型みたいな「女賊の哲学」、聊斎志異みたいな「人間以外の女」、大まじめなようでいて滑稽なような、困惑させられるような「烈女」がおもしろかった。「獣の徽章」の登場人物それぞれの複雑な立場や心情も印象的だった。2014/07/27
クッシー
1
中国が舞台となっている短編集。日本とは違った中国の広大な自然が目に浮かぶ。個人的に中国三大悪女として知られる呂太后の心境を描いた『女帝遺書』が面白かった。2018/06/12
あにこ
1
武田泰淳の文体は確かに独特である。文体というよりは“物事の語り方”という表現の方が正しいかもしれない。ぼんやりしていて、一体どこに行きつくのだろうと不安にさせられる。とりとめのないことが書き綴られているようで、その裏で物語はじわじわ進行している。このユニークネスは、女主人公の独り語りという形式において最大の効果を発揮するように思う。『女賊の哲学』『盧州風景』『女帝遺書』が好きだった。『興安嶺の支配者』も捨て難い。2015/03/25