歌に私は泣くだらう―妻・河野裕子闘病の十年

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  • サイズ B6判/ページ数 190p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784103326410
  • NDC分類 916
  • Cコード C0095

出版社内容情報

与謝野晶子の再来と言われた妻が突然、癌に。歌人一家を襲う危機。それでも歌が家族を支えた。初めて夫が綴る愛と壮絶な闘いの日々。

発病から最期の日まで。歌人一家の愛と絆、そして壮絶な闘病の記録。戦後を代表する女流歌人と讃えられた妻に、突然、乳癌の宣告。夫も二人の子も歌人の一家は強い絆で闘病生活を支え合う。しかし過剰な服薬のため妻は不信と懐疑にとらわれ、夫を罵倒し続けた挙句に失踪してしまう。そして再発……が、結局は歌い続けることが家族を再び一つにした。没後二年、初めて明かされる、あの日、あの時。

内容説明

天才歌人が逝ってから二年。初めて明かす、壮絶な日々。

目次

私はここよ吊り橋ぢやない
ああ寒いわたしの左側に居てほしい
茶を飲ませ別れ来しことわれを救える
助手席にいるのはいつも君だった
夫ならば庇って欲しかつた医学書閉ぢて
私は妻だつたのよ触れられもせず
あの時の壊れたわたしを抱きしめて
東京に娘が生きてゐることの
いよいよ来ましたかと
一日が過ぎれば一日減つてゆく〔ほか〕

著者等紹介

永田和宏[ナガタカズヒロ]
1947年滋賀県生れ。歌人・細胞生物学者。京都大学理学部物理学科卒業。京都大学再生医科学研究所教授などを経て、現在、京都産業大学総合生命科学部教授・学部長。読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、迢空賞などを受賞。2009年、紫綬褒章受章。宮中歌会始詠進歌選者。朝日歌壇選者。「塔」短歌会主宰。河野裕子とは1972年(昭和47年)に結婚。2010年(平成22年)、六十四歳で亡くなるまで三十八年間連れ添った(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。

ヴェネツィア

290
涙なくしては読めない。最後はもう滂沱の涙。歌人、永田和宏(彼は細胞生物学者としても高名)が、その妻であり歌人の河野裕子の癌との闘病、そしてその最期を綴った歌文集。二人の人生は、まさに40年をかけての相聞の年月であった。ことに、ここに収められた一連の最後の相聞歌群は、死を見据えながらのものであるだけに哀切感に満ちている。「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」これが河野裕子最後の歌だ。そして、この本1冊は永田和宏が彼女とともに過ごし、最後に捧げた挽歌なのである。2016/04/16

ちゃちゃ

116
死の直前まで歌を詠んだ。それは河野裕子がこの世に生きた証しであり、歌人の業であるとでもいうように。死を見据え切迫した息づかいが聞こえてくるようだ。歌に生き、歌に逝った人生。癌を患った10年の闘病生活は、壮絶な日だった。病気への不安が強い猜疑心を生み、激しい攻撃性で夫や家族を傷つけ混乱させた。けれど歌があったからこそ、彼女は自分らしい生を全うできた。「歌は遺(のこ)り歌に私は泣くだらう…」と詠んだ夫永田氏の慟哭と深い寂寥。遺された歌は今も夫の生を支え、今日を生きる私たちの糧となって心を潤してくれるのだ。2022/09/01

新地学@児童書病発動中

100
歌人永田和宏の妻・河野裕子(歌人)の癌が見つかり、息を引き取るまでの期間を散文と歌で綴った書。人を愛する喜びと哀しみをこれほど鮮烈に描いた本は他にないと思う。二人は全身全霊で愛し合っていたようで、それをまったく疑うことがない永田氏の言葉には呆れつつも、感動した。死の直前で妻に抱き寄せられて、永田氏が号泣する場面は圧巻。涙が自然にこぼれた。死ぬ時まで歌を作り続ける河野さんの歌人としての生き方に頭が下がる思いだった。歌が救いだったのだろう。わずか31文字の短歌にこめることができる想いの深さを実感した本だった。2014/04/28

ネギっ子gen

61
【左脇の大きなしこりは何ならむ2つ3つあり卵大なり/なんといふ顔をしてわれを見るものか私はここよ吊り橋ぢやない/長生きして欲しいと誰彼数へつつつひにはあなたひとりを数ふ(3首とも、河野裕子)】歌人であった妻の裕子が癌の宣告を受けてからの闘病生活、家族とともにあった最期の日々が綴られる。巻末に収載歌集一覧。2012年刊。<普通の夫婦に比べれば、どこか突出して激しい感情を互いにぶつけ合う夫婦であったのかもしれない。しかしよく話をする夫婦であった。/生涯にわたってお互いを歌の対象として詠みあってきた>と…… ⇒2025/09/03

ゆうゆうpanda

51
乳癌の最初の手術からの8年間。睡眠導入の為に飲んでいた薬の影響で、妻の心には嵐が吹き荒れる。一転、再発から最後の2年間は死を覚悟し、心が澄みきったようになる。家族にとってはどちらも辛い状況であるが、別れにはどちらも大切な時間だったのではないか。何より歌を詠むという命懸けの行為に対して必要なことだったのだ。夫に頼ることを喜びとしていた世話好きの恋女房は、夫の作る温泉卵を「すごいわね」と誉める。それが辛い看病の日々の夫の支えとなる。追い越すように高みに登っていく妻。その歌にこれからも夫は泣くだろう。私もまた。2016/04/30

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