出版社内容情報
【内容紹介】
可能性を完全開花させずに永逝した文学者安部公房が、衝撃作『砂の女』『他人の顔』を続けて刊行した時点で、自身の初期思考をエッセイの形で発表したものを精選し、全エッセイとして刊行した話題の大著。初期阿部公房が孕む、“ヘテロ”的思考への新たな再評価。早く来すぎた思想者・安部公房の“可能性の中心”。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
マウリツィウス
15
安部公房の創作過程備忘録が語る不条理劇場の真実、ヴェールに包まれていたはずのS・カルマの正体についても幾許か触れられ何故あのコモンセンスを逸脱した文法が成立したのかが解き明かされていく。カオスの起源にあるのはヴィスコンティ映画や監督としてのロブ・グリエ、ゴダールの視覚演出様式の整然さはこの論集にも秘められているようだ。20世紀を支配した文明の黎明とは映画=近代メディアの映し出した懐かしい夢想の日々でもあり怪異のシンボルと誤解されるこの作家の温和にして真摯な家族を慈しむ表情が現れる。大江と打ち解けた思い出。2013/05/04
amanon
8
アマゾンで目にして気になり、図書館で借りて読む。その著作から作者の顔が殆ど見えてこないためか、エッセイという肉声に近いタイプの書物を目にすると、なんとも言えず妙な印象を受ける。しかも、その一人称が恐らくこの世代では珍しい「ぼく」というものであるため、余計に。また、その文体になぜか筒井康隆と似たものを感じたが、巻末の著作目録によると、それなりに接点はあるよう。また、双方とも演劇との関わりがあるというのも興味深い。それとミュージカルへの言及も驚き。その作風とミュージカルというのは、あまり結びつかなかったので…2024/09/25
うえうえ
8
芸術作品における厳しい姿勢。『もっと内部に食い込んでいく必要がある。そしてその批評は、あくまで常識的な価値判断にさからい、それを否定するようなものでなければならない。』2018/10/07
hiro
6
デビューの1950年代から60年代にかけて様々な雑誌に掲載されたエッセイや対談記録など、軽い乗りから本質への言及を含めて収録されたもの。雑談めいた内容もけっこうあったが・・・転換期の芸術と批評について、芸術にならない批評は批評でなく、批評でない芸術は芸術でない。自己の内部と外部の関数関係がいかに複雑であろうと、その間の緊張と往復運動なしには批評も芸術も成り立たないとか・・・狂気とは自己の内部と外部の関数関係の破綻であるとか・・・当時の阿部公房の心意気らしい言葉が垣間見えた。2020/08/22
トーマ
5
エッセイというよりは、思っていることをどんどん書いている感じ。文章というよりは喋っているように感じた。難して理解できてない部分もありつつ、急にエッセイというよりは小説のような文体になったりと、創作ノートに近い本だった。たぶん安部公房が好きでないと読みにくいかもしれない。作家の根っこの部分は、生まれた場所や育った環境の影響が強いのかもしれない。2019/08/17
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- 和雑誌
- 家庭画報 (2023年11月号)




