内容説明
毎日われわれの眼前に出ては消える事実のみによって、立派に歴史は書けるものだという著者が、明治大正の日本人の暮し方、生き方を、民俗学的方法によって描き出した画期的な世相史。著者は故意に固有名詞を掲げることを避け、国に遍満する常人という人々が眼を開き耳を傾ければ視聴しうるもののかぎり、そうしてただ少しく心を潜めるならば、必ず思い至るであろうところの意見だけを述べたという。
目次
第1章 眼に映ずる世相
第2章 食物の個人自由
第3章 家と住心地
第4章 風光推移
第5章 故郷異郷
第6章 新交通と文化輸送者
第7章 酒
第8章 恋愛技術の消長
第9章 家永続の願い
第10章 生産と商業
第11章 労力の配賦
第12章 貧と病
第13章 伴を慕う心
第14章 群を抜く力
第15章 生活改善の目標
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Aminadab
28
長らく書架にあったのを一読。説明不足で読みづらいが一読の価値あり。昭和5年、つまり大正の重化学工業化と震災を経た時点までの日本の「世相」すなわち生活文化の変遷を総括しようとした超意欲作。きみらが江戸と思いこんでいる事物の多くは実は明治だ、という。例えば足袋をはいて下駄をつっかけるのは明治で、江戸は裸足に草鞋履きで家に上がるつど足を洗っていた。明治の変化はそのくらい大きかったのだから今後も捨てたものではない、と将来展望もポジティブ。地方の伝統社会について独自の直感的洞察が柳田にはある、と認めざるを得ない。2023/07/05
きいち
24
近代化、貨幣社会化が社会の隅々にまでいきわたり始めた昭和5年という時期に、その前史たる明治・大正期を固有名詞なしに叙述しようという超チャレンジングな試み。章立ても、衣・食・住にはじまり生産、労働、家意識、恋愛、ネットワーク…と社会で起こることをすべてカバーしようという意欲に満ちている。村から都市へ、村落ネットワークから軍隊・企業へという第一の近代化についてのディティールにとんだ挿話の数々は、「第二の近代化」を迎えている今日、とても示唆にとむものだと思う。柳田この時もう壮年だよな、いやあ、若い若い。すごい。2014/07/10
壱萬参仟縁
8
大衆文化が世相を反映しているような感じがしたので借りてきた。塩は種族によってその需要量の差異が烈しい(83ページ)。評者の地方は塩不足から発酵食品が発達した歴史がある。塩の道もあったわけで、街道で鯖街道などとも言われるように、文物が伝わってきた。そんな昔の物流の困難さを思う次第である。農村の教育はまさしく農村用のものだったようで(296ページ)、普遍的な内容ではなかったのであろうか。2013/01/04
ぽん教授(非実在系)
7
結論やまとめはぼかされており、徹底的に庶民の生活・世相・世間について、衣食住の基本から恋愛・家存続・英雄・商売などの様々な切り口から徹底的に観察したものをモノグラフとして描き出している。これにより、世相の流れという「歴史」を民俗学として記述しつくすという柳田の野望は見事に達成されていると言えて、昔の時代の社会学的な観察の一つの完成形であるとも言える(cf加藤秀俊『加藤秀俊社会学選集 下』人文書院)。2017/05/01
かわかみ
6
本書は昭和5年に執筆されたが明治8年に生まれ昭和37年に没した柳田国男にとって明治大正史を書くことは同時代史を書くことだったはずだ。彼にとっての現代である明治大正の社会の諸相が、それ以前の社会とは如何に異なったものであり、その変化はどこから来たものかを考察している。加藤秀俊氏は本書を評して、例えば家族社会学、産業・労働社会学のような分科された社会学としても読める旨の一文を書いておられた。この柳田の視点は最近の民俗事象の収集に終始しているように見える現代民俗学の一部に対して重要な示唆となるように思われる。2022/08/10