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岩波新書
俳人漱石

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  • サイズ 新書判/ページ数 216p/高さ 18cm
  • 商品コード 9784004308386
  • NDC分類 911.36
  • Cコード C0292

出版社内容情報

漱石は作家になる前は俳人だった.特に松山時代から熊本時代にかけては,子規の影響もあって句作に熱中し,新進の俳人として時めいていた.漱石の俳句100句を選び,ユーモア,言葉遊びにあふれるその俳句世界を紹介する.

内容説明

夏目漱石は作家になる前は俳人だった。特に英語の教師として赴任した松山時代から熊本時代にかけて、友人・正岡子規の影響もあって、句作に熱中し、新進の俳人として時めいていた。二千五百をこえる漱石の俳句から百句を選び、滑稽、ユーモア、ことばあそびにあふれる漱石俳句の世界を、漱石・子規と対話しながら紹介する。

目次

1 俳人になるまで
2 俳人・愚陀仏
3 二人句会
4 ときめきの俳人・漱石
5 俳人から小説家へ

著者等紹介

坪内稔典[ツボウチトシノリ]
1944年、愛媛県に生まれる。1972年、立命館大学大学院文学研究科修士課程修了。現在、仏教大学文学部教授、俳句グループ「船団の会」代表
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

harass

73
夏目漱石は同級生の正岡子規の影響で俳句を作り出し、小説家として有名になる前は俳句詠みとして一般に知られていたという。漱石と子規と著者三人のもちろん架空の鼎談で漱石の履歴に沿って残された句を取り上げ語っていく。正直上手くない句も多く、俳句のいい悪いというものが少し分かってくる気がする。子規の「写生」主義とそれに反する漱石の文学理念がいろいろうかがえる。軽い口調の読み物として。2018/03/27

もりくに

59
漱石の俳句を、子規、漱石、稔典の鼎談で鑑賞する趣向。寺田寅彦、松根豊次郎 、小宮豊隆の鼎談による「漱石俳句研究」に倣った。この鼎談では、作品が作者を離れて独り歩きするさまに重点。漱石は偉大な小説家だが、俳句がスタートとも言える。子規は発想や表現が類型的で陳腐なものを「月並み」と名付けて、激しく排撃した。それに自分の目で対象をありのままにみる「写生」を対置した。「空想と写実が合同して一種非空非実の大文字を製出せざるべからず」。俳号「漱石」は、子規が使っていたものの一つを譲った。当初は「愚陀仏」を使用。→2022/01/20

まさむ♪ね

43
突然ですがわたくし、俳句はじめました。いやー、これすごい面白かった。漱石、子規、著者が鼎談しながら漱石俳句を紹介していく。そう、あの漱石が、子規がしゃべりまくるのだ。三人のやりとりがとにかくもう楽しいったらありゃしない。初期の俳句は下手だの月並みだのとばっさり切られまくり(特に子規さん容赦なし)、そのときどきに語られるエピソードの数々も漱石俳句の世界を広げてくれる。気がつけばいままでそれほど興味もなかった俳句の世界にどっぷりでした。てんねんさんの漱石、子規、そして俳句への愛にあふれた素敵な一冊でした。2014/08/31

momogaga

32
図書館本。漱石の俳句は玉石混淆ですね。夏目漱石と正岡子規の交遊録としても読みごたえがありました。2017/05/07

かふ

16
漱石が子規に添削してもらった俳句をだしに坪内稔典が架空の三人句会の形式の批評会で飲み会みたいな感じ。漱石が子規を見舞って「帰ろふと泣かずに笑え時鳥」と俳句を送ったのが漱石最初の俳句とされ、それから漱石は子規に俳句指南を受けるべく手紙で俳句を送り続ける。それを添削して送り返した子規とのやり取りは俳句の通信教育なのかと考えた(明治に郵便制度が始まって)。漱石が小説家と認められる前は俳人としてデビューしていた。それは子規の力によるところが大きい。漱石の俳号は子規が名乗っていたもので漱石は愚陀仏と投稿していた。2019/04/29

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