出版社内容情報
なかなか開かなかった茶箪笥の抽匣(ひきだし)から見つけた銀の匙.そこから少年時代の思い出が語りはじめられる.子ども自身の感情世界が,子どもが感じ体験したまま素直に美しく描かれた名作.改版.(解説=和辻哲郎)
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
佐々陽太朗(K.Tsubota)
189
作者の大人になるまでの心象風景がとりとめもなく延々と綴られるいわゆる「私小説」。告白を基本としており、たとえば伯母さんが無条件に自分を愛し、常に自分の側にたってくれたといった記憶を、思い出すまま細大漏らさず書き留めている。決して自分が「何かを失った」とか「壊れた」といった破滅型心象を描いていないところが好ましい。とはいってもいささかの自己憐憫を交えて書いてはいるのだが、このあたりは決して嫌みに感じられない程度の味わいと言ってよいだろう。幼い頃のことをこれほどのみずみずしさで克明に覚えていることに驚嘆。2014/05/26
Major
155
【銀の匙】 思い出が愛しみの涙を連れて、鮮やかな童話となって蘇る。著者の幼年期から青年期までを綴る自伝的小説である。だが、頁を繰るに連れて、僕自身のその時代の思い出と見事に重なり、いつの間にか自分自身の童話が挿絵と共に脳裏に綴られてゆく。伯母、昔ながらの調度品、迷信、数々の駄菓子、縁日の見世物小屋、下町神田と山手小石川の風景、そして昭和までは確かに耳にした童歌の一つ一つが、その童話の創り手となる。著者の美しく詩的な文体が通奏低音となり僕の胸で心地よく響く。→2025/01/05
Die-Go
131
駅内無料図書にて。学生の時の授業の課題図書だったので、懐かしく手に取った。中勘助による、子ども時代をみずみずしい筆致で描いた自伝風作品。子どものものの捉え方を大人になっても失わず、表現していることに改めて驚かされる。20数年振りの再読だったが、楽しんで読めた。★★★★☆2019/01/26
藤月はな(灯れ松明の火)
126
作者は自分を人間嫌いと言う。だが、人が良かった叔母を慕ったり、芸者さんに挨拶しなかった事を後悔し続けたり、幾つになっても純朴なお国さんと友達になりたがったりする姿は人間の愛おしむべきところをよく、熟知した上で愛そうと努力しているようだ。しかし、同時に神経を病み、作者を苛むようになる兄との反りの合わなさも浮き彫りになっているのが後を思うと遣る瀬無い。そして先生の中国人蔑視に「道義がない」と真っ向から反発し、押し付けられ現実にも即さない修身(今で言う道徳)は人を瞞着させると作者は大変、勇気がある方だと思う。2018/10/14
ペグ
113
中勘助はよく涙を流す子であった。それは悲しいからでも悔しいからでも無く、鳥の囀り、星の煌めき、川の流れ、頬を撫ぜる風に涙が流れるのである。そんな子供を全身全霊で愛した伯母さん!そんな伯母さんの愛は後編で主人公が訪ねた時、魚屋でありったけの鰈を買ってきて振る舞う場面で見事に再現された。幼少期を描くことは至難の業ではないだろうか。見事な作品だった。2021/12/19