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じんぶんや
三十六

田中 純

都市の表象文化論
―その徴候的知のために


●田中 純さんの選んだ本


アルド・ロッシ自伝 アルド・ロッシ自伝

アルド・ロッシ【著】、三宅理一【訳】
鹿島出版会(1984-12出版)
ISBN:9784306051911

アルド・ロッシはイタリアの建築家で、日本にも福岡のホテル・イル・パラッツォや門司港ホテルといった作品がある。1997年に交通事故で急死しているが、これは1981年に英語で出版された自伝の翻訳だ。だが、自伝といっても、記述は時系列に沿うわけではなく断片的で、自作を中心とする建築や都市の記憶を詩的に語った、夢の記録のような書物である。難解ではあるものの、彼の作品と対応させながら読み進めると、独特の白昼夢めいた世界にずるずると引き込まれてゆく、恐るべき都市・建築論である。

錯乱のニューヨーク 錯乱のニューヨーク

レム・コールハース【著】、鈴木圭介【訳】
筑摩書房(1999-12-09出版)
ISBN:9784480085269

言わずと知れた建築界のスーパースターのマンハッタン論。シナリオライターから建築家に転身した初期の著作で、それだけに書き手のルーツがうかがえる。この書物はいわば、映画スター「マンハッタン」の自伝映画の脚本であり、多数の図版と合わせて、そんな架空の映画を観る興奮を味わうことができる。

セヴェラルネス―事物連鎖と人間 セヴェラルネス―事物連鎖と人間

中谷礼仁【著】
鹿島出版会(2005-12-25出版)
ISBN:9784306044609

「セヴェラルネス(いくつか性)」とは、能力に限界をもった人間が限りある事物との間に作り上げる、有限な関係性の論理である。その論理に注目する視点から、著者は建築物や都市といった「事物連鎖」が形成されるプロセスを、ウィトルウィウスからクリストファー・アレグザンダーにいたる建築家たちの営みに探ってゆく。その議論の射程は広く、建築史には限定されない。技術をめぐる具体性の科学に新領域を拓く書物と言ってよい。

ベンヤミン・コレクション〈3〉 記憶への旅 ベンヤミン・コレクション〈3〉 記憶への旅

ヴァルター・ベンヤミン【著】、浅井健二郎【編訳】、久保哲司【訳】
筑摩書房(1997-03-10出版)
ISBN:9784480083296

この本に収められた「1900年頃のベルリンの幼年時代」の序文を読むと泣けてしまう。それはベンヤミンがもはや帰れぬかもしれぬ故郷の街の、もう取り戻せない時間を求めて記憶を掘り進んだ、考古学的発掘の記録である。その断章の中で1900年前後のベルリンは、奥深い謎を隠したいくつものイメージに砕け散り、星座をなすように光輝く。共に収録された数々の都市の肖像と合わせ、来るべき都市論のための啓示に満ちた書物。

敷居学―ベンヤミンの神話のパサージュ 敷居学―ベンヤミンの神話のパサージュ

ヴィンフリート・メニングハウス【著】、伊藤秀一【訳】
現代思潮新社(2000-10-20出版)
ISBN:9784329004147

ドイツの文学研究者が「敷居」の経験を核としてベンヤミンの著作を読み解いた著作である。『パサージュ論』(第1巻)(第2巻)(第3巻)(第4巻)(第5巻)をはじめとするベンヤミンの都市論は、まさにその内部で迷うような読書経験こそが重要なテクストだが、何らかの手引きを必要とする場合には、簡潔で目配りのよい本書が適していよう。ベンヤミンにおけるイメージの肌理や生理に対して鈍感で概念臭の強い文章は決して好みではないものの、骨格の明快さは貴重である。

偶景 新装版 偶景 新装版

ロラン・バルト【著】、沢崎浩平、萩原芳子【訳】
みすず書房(2001-06-05出版)
ISBN:9784622049944

バルトが母と暮らしたフランス南西部の村ユールト、モロッコのタンジール、あるいはパリを舞台とした、多くは断章や日記形式の散文集。一見したところ、ただの短いメモやありふれた日記と区別がつかない。だが、「偶景(incident)」という偶発的で小さな出来事の集積は、それが「物語」には発展しない呟きの次元にとどまっているからこそ、都市経験の濃密で時に官能的な描写になっている。そして、バルトにあって、こうした書法の実験は同時に感覚の洗練なのだ。

幼児期と歴史―経験の破壊と歴史の起源 幼児期と歴史―経験の破壊と歴史の起源

ジョルジョ・アガンベン【著】、上村忠男【訳】
岩波書店(2007-01-26出版)
ISBN:9784000254571

「語りえぬ者」としての「幼児期(インファンティア)」の概念を通して歴史を考察する思想書。見方によれば、30代だったアガンベンの、ベンヤミンへの応答と言ってよい。『ベルリンの幼年時代』やロッシの作品、あるいは朔太郎の都市経験とその詩学をわたしが分析するうえで、「幼児期」や「おもちゃ」をめぐる本書の洞察は非常に啓発的だった。例えばこんな絶妙な寸言――「ミニチュア化とは歴史の暗号である」!

日本橋檜物町 日本橋檜物町

小村雪岱【著】
平凡社(2006-09-11出版)
ISBN:9784582765892

鏡花本の装丁や小説の挿絵で知られる、わが偏愛の画家のエッセイ集。日本橋、入谷・龍泉寺、木場といった土地の匂いと記憶を語る文章は、画風に通じて潔く静かでありながら、独特な官能性を発している。その源になっているのが、浅草観音堂に満ちた都会の音にまで気が遠くなるような「有頂天」を覚える、五官の異常なまでの鋭敏さである。

NO PICUTRE 萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや―詩人が撮ったもうひとつの原風景

萩原朔太郎【写真・詩】
新潮社(1994-10-15出版)
ISBN:9784106024030

朔太郎が趣味で撮影した写真を集めた作品集。ステレオ写真も多い。ステレオ写真の独特な立体感や坂道を撮影した写真などには、詩人の詩に通じる郷愁が宿っている。どうしようもなく寂しい風景を繰り返し求めた朔太郎にとって、ステレオ・カメラは麻薬にも似た「のすたるぢや」の秘薬であった。図版が大きすぎ、ステレオの効果が直接実感できないのが難点。

新宿 新宿

森山大道【著】
月曜社(2002-08出版)
ISBN:9784901477031

重い。物理的に。しかし、この写真集はそれに耐えて高速で前後にめくり、街路を足早に歩きながらシャッターを押す写真家の速度で見るべきものだ。ただし、幾度も繰り返して。それがこの「大いなる場末」「したたかな悪所」新宿の、通過儀礼の作法であろう。再編集+増ページされた携帯版(『新宿+』)もあり、そちらは、だから、体力のない人向き。

超芸術トマソン 超芸術トマソン

赤瀬川原平【著】
筑摩書房(1987-12-01出版)
ISBN:9784480021892

すでに古典的な書物だが、トマソンを都市論として解釈する可能性はまだ十分に展開されたとは言えない。最初のトマソン物件の発見にいたる物語など、創世記として読み直されるべきものだろう。これは意図せずして実現した「事物連鎖」の貴重なフィールドワーク記録集なのである。しかしまたその一方で、言葉をいっさいなくした、路上の奇妙な物体の写真だけからなる「トマソン写真集」を夢想する。

NO PICUTRE 神話・寓意・徴候

カルロ・ギンズブルグ【著】、竹山博英【訳】
せりか書房(1988-10出版)
ISBN:9784796701563

「徴候的知」の系譜をフロイトやシャーロック・ホームズから原始の狩人たちにいたるまで遡行して探る論文「徴候」が重要。この知の系譜を歴史家である著者が自覚的に継承していることは、本書に収められた他の論文から読みとれるだろう。細部については異論も出されているとは言え、「徴候的知」について明快な歴史的パースペクティヴを与えている点で、いまだこれに代わりうる論考は存在しない。

徴候・記憶・外傷 徴候・記憶・外傷

中井久夫【著】
みすず書房(2004-04-01出版)
ISBN:9784622070740

ここに収められた「世界における索引と徴候」という論文およびその続編は、徴候と予感、索引と余韻といった、未来と過去に関わる「メタ世界」を語って、それ自体が詩的で予感に満ちた、比類のない思索の記録である。精神医学者であり、かつ詩の優れた翻訳者でもある著者の、精神の微妙な揺らぎやその言葉における表われに向けられた感覚の繊細さは、狩人の知そのものだ。

予兆としての写真―映像原論 予兆としての写真―映像原論

港 千尋【著】
岩波書店(2000-12-22出版)
ISBN:9784000023924

写真家であると同時にイメージ論の論客でもある著者による「原論」と銘打たれた映像論。とりわけスナップショットに狩猟的知の残存を見るといった、写真家ならではの直観が光る。『群衆論』や『考える皮膚』に始まり、心とイメージのアルケオロジーへと向かう著者の理論的探究は、現代の徴候的知が目指す方向をはっきりと指し示している。

Underground Underground

畠山直哉【撮影】
メディアファクトリー(2000-06-16出版)
ISBN:9784840100885

東京の直下、暗渠の内部に足を踏み入れた写真家の記録。そこは、ギンメリオイ族の住む暗黒の国、スティクスの流れる冥府だ。暗渠に棲息する小動物や水中・水面で増殖するカビにとって、写真撮影のために必要な光は異物に過ぎない。太古のサンゴやフズリナからなる石灰石を原料とするコンクリート製の洞窟は、だから、もはや人間から遠く、人間には無関心の、あらたな秘境としての「自然」なのである。この写真集には高度に科学的で厳密な自然認識があると言ってよい。

NO PICUTRE カミと神―アニミズム宇宙の旅

岩田慶治【著】
講談社(1984-09出版)
ISBN:9784062008082

「カミ」は神とは区別され、時を定めずに出没し、教義をもたず、文化的に十分にかたどられるにいたっていない存在である。人類学者である著者は、そんなカミをむしろ積極的にとらえ、とくにアニミズムの宇宙観を評価する。カミが出現する「不思議の場所」をめぐる考察は、都市におけるアニミズムの残存を探る手がかりになるだろう。それは原始の狩猟採集民に似た都市の経験の場である。

宮本常一写真・日記集成 『宮本常一写真・日記集成』〈上巻〉〈下巻

宮本常一、毎日新聞社【著】
毎日新聞社(2005-03出版)
ISBN:9784620606132

「旅する巨人」宮本常一は1955〜80年の26年間でおよそ十万カット近くの写真を撮影したという。本書はそのごく一部三千カット弱を収めた書物だが、それでもそこに記録された景観の多様性には圧倒される。それらは、昭和の日本で宮本の民俗学が探究していた景観の文化的意味を浮かび上がらせると同時に、写真家・宮本の身体と視線の運動を克明に記録している。それゆえに、この宮本の写真そのものが、解読を待つ、貴重な「景観」なのである。

ダーウィン的方法―運動からアフォーダンスへ ダーウィン的方法―運動からアフォーダンスへ

佐々木正人【著】
岩波書店(2005-03-23出版)
ISBN:9784000056489

著者が注目するのは、ダーウィンが『ミミズと土』でおこなった、トンネルの入り口をミミズが木の葉などを使って塞ぐ行為についての記述法である。そこに著者は、事物のアフォーダンスを通して眼前にはない行為群を記述する劃期的な方法を見いだすのだ。ダーウィンのテクストを丹念にたどりながら解きほぐす著者の叙述こそ、その方法の適例にほかならない。都市環境を観察・記述するうえできわめて重要なモデルがここにある。

ウィルソン氏の驚異の陳列室 ウィルソン氏の驚異の陳列室

ローレンス・ウェシュラー【著】、大神田丈二【訳】
みすず書房(1998-11-25出版)
ISBN:9784622046493

タイトルが意味するのは、ロサンジェルスのダウンタウンにある「ジュラシック・テクノロジー博物館」のことである。そこは16〜18世紀ヨーロッパの「ヴンダーカマー」が現代に甦ったかのような珍品奇物の蒐集室だ。それらの展示物は、本物と紛い物、虚と実の区別を曖昧にしてしまう。この博物館が駆使する巧妙な偽造と変装は、徴候的知にとって重要な、「驚異」に対する感覚を刷新し研ぎすますための実験なのである。

平成ボトルブルース 平成ボトルブルース

庄司太一【著】
広済堂出版(2001-08-15出版)
ISBN:9784331508053

自宅の敷地に五万本に及ぶびんを収容した私設博物館「ボトルシアター」を開設している著者による、ガラスびんをめぐる省察。びんを探し歩く過程が淡々と綴られながら、著者の長年にわたる収集人生に根ざした、とても奥深い世界が拡がってゆく。浜辺で貝を拾う採集民のように、著者は都市の渚でびんを拾う。虚ろなガラスびんはきらめく魂の器のようだ。美しいびんの写真も多数収録されている。都市における狩人の知の、稀有な実践の記録として。

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