商品詳細
激動する時代のなかで、閃光を放つかのように、短き生涯を終えた吉田松陰。その透徹した志や無類の誠実さとして現れた至純の精神の成り立ちを、<武>と<儒>という原理の統一のなかに見出す。僧黙霖、橋本左内、佐久間象山、山鹿素行、山本常朝と対比されることで、松陰の俊傑ぶりや人間的魅力が浮かびあがる。史実に対し文学的想像力で肉迫した、著者晩年の代表作。野間文芸賞受賞作。
序
僧黙霖との出会い(一)
僧黙霖との出会い(二)
スティヴンスンの松陰
「講孟余話」(一)
「講孟余話」(二)
「講孟余話」(三)
「講孟余話」(四)
松陰の国際認識
左内と松陰(一)
左内と松陰(二)
左内と松陰(三)
佐久間象山のこと(一)
佐久間象山のこと(二)
佐久間象山のこと(三)
山鹿素行の士道(一)
山鹿素行の士道(二)
李卓吾への傾倒
殉死ということ
参考資料
著者情報
河上徹太郎[カワカミテツタロウ]
1902・1・8~1980・9・22。文芸評論家。長崎県生まれ。本籍地は山口県岩国市。河上家は代々、吉川藩士であった。1926年東京帝国大学経済学部卒。東京府立一中時代から小林秀雄と親交。中原中也を知る。自らピアノを弾く音楽愛好家であり、狩猟やゴルフ、ヨットなどスポーツも愛した。ヴァレリーやジッドを翻訳紹介し、フランス象徴主義の影響下に評論活動を展開、「自然人と純粋人」で批評原理を確立した。62年芸術院会員、72年文化功労者(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)