内容説明
この20年、心は消滅の危機にさらされている。物が豊かな時代は終わり、リスクだけが豊かな時代がやってきたからだ。人々は目の前のことでせいいっぱい。心はすぐにかき消されてしまう。社会にも、身近な人間関係にも、そして自分自身の中にさえも、心というプライベートで、ミクロなものを置いておく余裕がない。それでも心は見つけ出されなければならない。自分を大切にするために、そして、大切な誰かを本当の意味で大切にするために。ならば、心はどこにあるのか? その答えを求めて、臨床心理士は人々の語りに耳を傾けた――。現れたのは、命がけの社交、過酷な働き方、綺麗すぎる部屋、自撮り写真、段ボール国家、巧妙な仮病など、カラフルな小さい物語たちだった。
『居るのはつらいよ』で第19回大佛次郎論壇賞受賞、紀伊国屋じんぶん大賞をW受賞した気鋭の著者が「心とは何か」という直球の問いに迫る、渾身のエッセイ。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
本詠み人
77
随所にパロディ感を漂わせた面白系のエッセイか?と思いきや…その通りでした笑(ヾノ・∀・`)ウソウソ!ちゃんと真面目なカウンセラーさんでエッセイスト。めちゃファンになりました。相手の〝こころ〟をちゃんと捉えていなければ、いやその前に、人に対して肯定的で興味をもてなければ臨床心理士にはなれないのか?と思えるほど、するりと懐にはいれる方。他の著書も読んでみます✨📚2022/05/11
pohcho
68
臨床心理士のエッセイ。以前から気になっていた東畑さん初読み。コロナ禍という大きすぎる物語に取り込まれ、個々人の持つ小さな物語が吹き飛ばされてしまった今。正論を叫ぶ大きな声にかき消され、個別の事情が数値化されて見えなくなった今こそ、小さな物語に耳を傾けることが必要なんだ、という序文にとても共感する。エッセイ自体は週刊文春連載のものなので、軽やかでユーモアがあり楽しかった。カウンセリングでのいろんなエピソードが紹介されており、とても興味深く読んだ。2022/03/08
shikashika555
66
自分の心を他者に向けて語るなんて、相当ハードルが高いと感じている。とくにそれが生々しい傷であれば尚更。 ひとは、編集済みのことしか語りたがらない。 軽妙な語り口でたのしい連載ではあったが、生々しい痛みの残る傷を語る場とカウンセリングを提供する仕事とは、時にかなり辛いことではないだろうか。 しかしこういう心理学者の読み物や社会学者の聞き取りなどが好まれるのは、みんな自分の中にある物語を呼び起こしたいからかなあ。 多分私もそうなんだろう。2021/10/05
水色系
50
「トリセツと私小説」の、日記をエクセルでつけるとトリセツ的になり、ワードでつけると私小説的になるというくだりのもののたとえが好き。 また、「心を見ることができるのは心だけ」(P241)。他者の目を通し、自分の心の変化に気づく。そうした経験の積み重ねで、自分の心で自分の心の苦しみや喜びに気づけるようになる。そのしなやかな発想に共感した。2021/12/14
ネギっ子gen
46
週刊文春連載「心はつらいよ」をまとめた本書には、「ちょっと長めの序文」がつく。著者はこう書く。<春にはコロナがあった。だから、「コロナ禍の心」を書こうと思った。だけど、すぐにネタが尽きたから、夏にはなんでもいいから心を探すようになった。それでも心は見つからない。観念した私は、次第に「心はどこへ消えた?」と問うように/冬の訪れと共に、わかってきたのは、大きすぎる物語によって、心がかき消されてしまっていることだった。そしてそれが、決してコロナのせいではなく、この20年一貫して進行してきたことに気がついた>と。2021/12/02