シリーズ・哲学のエッセンス
メルロ=ポンティ―哲学者は詩人でありうるか?

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  • サイズ B6判/ページ数 118p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784140093252
  • NDC分類 135.5
  • Cコード C3310

内容説明

世界をめぐる経験をことばに紡ぎ出す。意味が分泌される現場に立ちあい、その現場をとらえようとすることで哲学者は詩人の辛苦をも引き受ける。

目次

序章 哲学者は詩人でなければならないか?(詩のことば、哲学のことば;詩という問い、哲学という問い ほか)
第1章 経験に立ちもどること(単純な「感覚」なるものは存在するか?;単純な「所与」もすでに意味をもっている ほか)
第2章 身体へ立ちかえること(「見ること」と「私の身体」;「もの」としての身体、「現象」としての身体 ほか)
第3章 世界を取りもどすこと(病理現象が意味しているもの;シュナイダー症例をめぐって ほか)
終章 哲学者は詩人でありえたか?(回顧と回帰;反省の困難 ほか)

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

23
現象学界隈をうろつくと3歩に1歩はぶつかる熊野純彦先生のメルロ=ポンティ入門書。はじめてメルロ=ポンティの思想の断片に触れたけどおもしろすぎてびっくりした。身体論ってこういうことなのか。思想の核は両義性だろうか。メルロ=ポンティがどんなことを語ろうとしたのかはぽやっとわかったので一次テクストに早速入ろうと思う。わかりやすいのは身体と場所を限定してメルロ=ポンティの思考が展開しているせいなのかそれとも熊野先生の手腕なのか。しかし現代感あふれる哲学だなあ。アガンベン読んでるときのきもちに似ている…2014/11/17

たりらりらん

10
問いを繰り返す「哲学者」と言葉を経験のうちに解消し、そこから新しい言葉を発明することを強いられる「詩人」。メルロ=ポンティの『知覚の現象学』を中心にして、哲学と詩の関係、詩的言語と経験の交わるときについて論じられている。個人的には、第一章が難しくて、勉強不足を実感。第二章以下の身体をテーマとした部分は、興味深く感じられるところも多く、「幻影肢」や「シュナイダー症例」について理解することができた。勉強しなければいけないということを強く実感。巻末に文献リストがあるので、参考にして勉強しようと思います。2011/02/13

hakootoko

8
「ではいったい、時間とはなんなのだろうか。だれも私にたずねないときには、私は知っている。たずねられて説明しようとすると、知らないのである」2021/07/30

ゆき

7
「メルロ=ポンティ 哲学者は詩人でありうるか?」 熊野純彦 世界を前にしたときに、言葉の手前の「純粋な、無言の経験=反省の手前の経験」をもう一度(別の)言葉によって表す、というのが詩人であり、そして哲学の課題も同一であると。しかし哲学の厳密さから言うと改めて言葉にするにはかえりみなければならず、かえりみたら純粋じゃなくなってしまう、、と。 しかし言葉以前の感覚、それをとらえるというのはいいなあ。それをどう表現するか。2021/06/26

Schuhschnabel

7
『知覚の現象学』を読むための肩ならしとして、またちくま新書の『メルロ=ポンティ入門』がやや消化不良だったので読んでみた。フッサールだとどうしても思考操作という印象が強い現象学的還元が、メルロ=ポンティの手にかかるとかくも生き生きとした描写になるのだと感心する。看護研究者がこの思想家を重要視しているのもうなずける。ベルクソンの影響を受けていることは間違いないので、やはりこちらも並行して読んでいくことにしよう。2017/10/05

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