内容説明
楽園への理想は、なぜ「一人一殺」の思想へ暗転したのか?大恐慌と格差の果てに起きた衝撃の「首相暗殺」。貧困にあえぐ昭和初期、農本主義を信奉する橘孝三郎は、田園ユートピア実現のために「愛郷塾」を結成する。だが、軍部の青年将校や「血盟団」盟主の井上日召との邂逅から、徐々にテロ思想に転換していく。そして、ついに叛乱の時はやってきた。バブル崩壊以後の平成期にあまりにも合致する、動乱の現代史。
目次
序章 なぜ戦争への道を「選んだ」のか
第1章 都市への憧れ、都市との訣別
第2章 田園ユートピアと白樺派ロマネスク
第3章 大陸浪人とアーバンリゾート
第4章 「生の躍動」のための闘い
第5章 「倍化運動」から「一人一殺」へ
第6章 都市を暗黒たらしめよ
第7章 事件後の救農闘争
第8章 戦時体制へ
著者等紹介
長山靖生[ナガヤマヤスオ]
1962年茨城県生まれ。評論家、歯学博士。鶴見大学歯学部卒業。歯科医の傍ら、文芸評論、社会時評など幅広く執筆活動を行っている。96年『偽史冒険世界』(ちくま文庫)で、第10回大衆文学研究賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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またの名
10
授業よりもニーチェやショーペンハウアーの読書を優先し出世主義から落ちこぼれ、故郷に帰って農村共同体を建設した橘孝三郎。洋書を次々読みこなしつつ学生時代では都市エリートと田舎出身者、主催する共同体では教養層と農業実務者のギャップに悩んでいたと本書が描く亜インテリは、やがて首相を暗殺した五・一五事件の首謀者として逮捕される。しかし世論がテロを起こした軍人らを熱狂的に支持したので実刑は軽く、近衛首相は獄中の橘にあるべき日本の未来像の助言を求めさえしたという。一人の人生を追うことで不可解な歴史の流れに近づく試み。2018/08/06
てれまこし
6
トルストイやソローに憧れて、エリート・コースを捨てて、自ら土を耕す生活を選んだ田園思想家。水戸出身とはいえ、国体思想よりも西洋哲学や文学からの影響が色濃い。その西洋批判、資本主義批判も西洋思想からだ。右翼テロリストからは最も遠いような人間が、躊躇しながらとは言え、テロに加担した。テロリズムを集団通り魔のように考えていては、この謎は解けない。テロリズムは情熱的殺人ではない。そこには何かしらの思想があり倫理がある。テロを否定することがその思想性を否定することになっては、我々もテロリストと同じ地平に立ってしまう2019/03/18
スズツキ
4
非常に好み。五・一五事件の中心にいたとも言われる橘孝三郎にスポットをあてた作品。軍内部の抗争の結果のクーデターである二・二六事件と比して、人民主体の国家改革を旨としたテロルの五・一五事件。彼と北一輝の思想は現代を先取りしている。橘孝三郎と彼の思想に己の人生を投影した結果共鳴した愛郷塾は実に興味深い存在。2014/06/21
月式
3
軍人や行動右翼に巻き込まれただけともとれる橘孝三郎の「大都市の夜に送電トラブルを起こして2、3時間の暗闇を作り出してみたら人々の意識が変わるかもしれない」という発想がロマンチックである。そして経済的に追い詰められると戦争すら希望に思えてくるような世論が容易に生まれるものなのかもしれない。2016/03/13
印度 洋一郎
3
五・一五事件の首謀者と喧伝されている橘孝三郎の生涯を、同郷の水戸人である著者が追った昭和の一断面史であり茨城地方史でもある一冊。田園ユートピアを構想する理想化肌のインテリだった橘が、昭和初期の社会の行き詰まりに絶望し、思想的にも相いれないはずの血盟団に引きずられるように成功の見込みも無いクーデター計画へと関与していく。著者は、庶民とインテリとの深い断絶、都市のインテリと地方のインテリとのこれ又深い断絶にも着目している。やっぱり、生まれ育ちに由縁する階級というのはなかなか越えられないということか。2011/01/22