内容説明
『朝日新聞』(東京本社発行)は1945年(昭和20年)9月6日付朝刊から第1面下段に「天声人語」の掲載を開始し、現在にいたっている。本書には、同欄から、天皇・皇室関係・天皇制問題を主題として書かれた記事を選び、歴年に配列した。また、収録にあたり、各記事に新たに標題を付した。玉音放送から崩御まで、「天声人語」で読む戦後史の中の天皇。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
がんぞ
1
天声の典拠は不明で和製漢語。一貫しエラソーだが敗戦直後の嘉治隆一は「神道は宗教というより日本の伝統」と神社保存を否定しなかった。5宮家平民化で高松宮も満員の電車に乗った(占領軍は特別車両があった)。新垣秀雄の昭和31年「(社会科)教科書で天皇の役割が教えられていない」。皇太子ご成婚で国民の人気は高く。日教組の「教え子を戦場に送らない」運動の余波か。その流れで「国民主権に反する」と君が代に反対し、2.11紀元節の復活に反対してきたが。戦前の日本が真の軍国主義であればどんな妥協をしてでも日米開戦を避けただろう2016/05/16
がんぞ
0
昭和が終りを機に、戦後の天声人語の昭和天皇に関するものを集めた。筆者も代替わりするが敬意に変遷がある。戦後十数年、不自由な防空壕である「御文庫」にお住まいになられ左翼の示す敵意にも関わらず国民の敬意は回復していった。戦後民主主義と言うが、米国による占領と思想支配が例ないほど順調にはこんだのも皇室を残したからだろう。皇太子に関するものも多い。昭和34年4月御成婚、翌年二月に出産し(安保騒動)10月には御夫妻で渡米。その翌月にはインド・マレーシアなど歴訪、イスラム圏に訪問される準備にコーランをお読みになった2012/03/20




