出版社内容情報
資本主義の国際的な発展の中では労働市場も国境を越えてグローバル化する。本書は国際労働市場という概念を打ち出し、ドイツ、日本、フィリピンにおける産業構造の変化と高度技術者を中心とした労働力移動の構造を分析する。補論に19世紀日本の労働力輸出。
序 論
第1部 ドイツ
第1章 ドイツにおける労働力輸入の新展開
1 労働力輸入
2 世界経済の再編成
3 労働力輸入の再構築
第2章 ドイツモデルの亀裂
1 生産協同体
2 連結の環
3 亀裂の兆候
第3章 ドイツの建設労働市場と外国人労働者
1 構造
2 労働力輸入
3 適応
第4章 ドイツのIT労働市場と外国人技術者
1 情報化の衝撃
2 労働力不足
3 外国人技術者
第2部 日本
第5章 日本の外国人労働者
1 統計的観測
2 直接的な労働力輸入
3 間接的な労働力輸入
第6章 日系ブラジル人の雇用管理──冷凍食品加工メーカーの事例
1 日系ブラジル人雇用の概況
2 冷凍麺製造職場
3 雇用管理
第7章 構内下請けと日系ペルー人──造船業の事例をめぐって
1 造船労働について
2 構内下請け(1)
3 構内下請け(2)
第8章 日本における外国人IT技術者
1 労働市場
2 受け入れの枠組み
3 活用事例
第3部 フィリピン
第9章 フィリピンの労働力輸出
1 経済概況
2 労働力輸出
3 海外雇用の諸類型
第10章 国際労働市場の非組織性
1 概観
2 研究動向
3 研究課題
補論 日本の労働力輸出
1 渡航方法
2 労働形態
3 定住への道
結語
あとがき
索引
序 論
労働者が国境を越えて移動するという現象をわれわれはどのような方法で把握すればよいのだろうか。ひとつの代表的な手法は、移動の経済学である。国境を越えるという選択にかかわる論理の究明である。個人、世帯、地域、さらには国際関係といったさまざまレベルにおける複合的な要因と論理構造とが分析されている。労働者を押し出す力と引き寄せる力、そのうえで一定の行動を起こす労働者が分析対象である。国境を越える移動への注目は国境を越えない、その意味でごく日常的で平凡な生活への学問的関心をあらためて喚起しているという点がじつに面白い。移動の経済学は非移動の経済学でもある。こうした国境を越える労働者の移動とそれがもたらす影響について考察しようとするとき、われわれは国際労働(力)移動(international labor migration)あるいはもっと簡略化して国際移動(international migration)という表現を好んで使用している。そのさいの研究する側の基本的なスタンスは現実の実態および論理構造をできるだけ客観的に把握し、あえていえば突き放して考察するというものである。
移動の結果として、移住先には国籍を異にする労働者が発生する。外国人労働者(foreign workers)である。労働者の国際移動は、いかに広まったとはいえ、全体からすればいまだ例外的な、あるいはあたりまえでない現象である。そうした非日常的な現象にたいする視線には、とかく情緒的な思い入れがともないやすい。感情移入は避けがたい。あたりまえの生活をしている者からすれば、ある場合には自己の平穏な生活を脅かすもの、またある場合にはあたりまえの生活ができない気の毒な人と映るかもしれない。異邦人への驚嘆、反感、同情、憐憫は人の世のつねである。外国人労働者、あるいは外国人労働者問題という言葉にも人それぞれの思い入れと感情が混入しやすい。移民による国民形成を国是とする国柄であれば、国籍よりも「外国生まれ」(foreign born)か「現地生まれ」(local born)かといった出身地の違いによって区別がなされるから、情念の入り込む余地は小さい。そこでも、客観的であることはやはり容易ではない。受け入れ側に身を置いて議論することの危うさをわれわれはしっかりと自覚しておかなければならないのである。この危うさを克服する方法は、事実を徹底して正確に把握する以外にない。あいまいな事実でもって語ってはならない。どうあるべきかを語るまえに、現実の本当の姿を偏りなく正確に把握しなければならない。われわれはどこまで知っているのだろうか。どこまで知らされているのだろうか。
本書は、日本の、あるいはドイツの外国人労働者、さらにはフィリピンからの海外渡航について考察するが、かくあるべきであるという政策提言を志向しようとするものではない。そうではなく、1990年代以降のいわゆるポスト冷戦期における国際労働移動の現状を上記の3カ国について正確に把握・分析しようとする研究であり、その成果である。われわれの生きている今の時代状況は冷戦終結後の新しい国際秩序によって大きく規定されていると考えられる。本書はこの意味で国際労働力移動の現状分析そのものである。私の前著『国際労働力移動研究序説──ガストアルバイター時代の動態』(信山社、1994年)は、ドイツの、しかも1960年代から1980年代の中葉にいたる期間にかんする実証研究であったが、本書はこれにつづく続編に相当し、その展開でもある。
本書は、国際労働市場(international labor market)という概念を提起しようとしている。再構築される国際労働力移動の現段階を複眼的かつ立体的に把握するためには、国際労働市場のありようという総体的な視点が不可欠であると考えたからである。しかしながら国際労働市場という概念は社会科学上の用語としてはまだ定着していない。
国際労働市場とはなにか。どのように理解すればよいのだろうか。
本書の考え方は次のごとくである。国際労働市場は資本主義の国際的な発展と不即不離の関係にあり、その意味で資本主義に不可欠の構成要素である。われわれは国際労働市場なるものをひとつの有機的な統一体として捉える。各国の国民的な労働市場(national labor markets)はその分肢である。
資本主義は労働力の商品化によって成り立つ。労働力の需給調整は資本主義の生命線である。必要な労働力が調達できなければ、資本主義は機能不全に陥る。それゆえ労働市場は資本主義の土台である。その土台はもともと国際性と国民性という二面性をもっているのである。資本主義は国民性をもった固有名詞として確立し発展してきた以上、国民性の側面が前景に登場してこざるをえない。しかしその場合においてもつねに国際性との連関のなかで機能しているということを忘れてはならない。両者の関係性のなかに労働市場のすぐれて具体的な姿をみることができる。労働市場の見方として内部労働市場、外部労働市場という機能的な分析手法がよく用いられるのであるが、それだけでは十分とはいえないのではないか。国民性/国際性という分析軸を加えることによって労働市場分析はより豊かになるであろう。国際労働市場という概念を提起する所以である。
資本主義の歴史的発展から、国際労働市場にかんする大まかな命題として次の5点を確認することができる。
命題その1
国際経済の統合は国際労働移動を随伴する。逆にいえば、国際経済の分裂は国際労働移動を収縮させる。
(中略)
命題その2
国際労働移動は市場のなかで生起している。
(中略)
命題その3
送り出し地域はいつまでも送り出し地域のままではない。移住転換がある。
(中略)
命題その4
国際労働移動は国際労働市場における調整メカニズムのひとつである。
(中略)
命題その5
国際労働市場に特有の分断線は、国境における出入国管理である。
(中略)
以上5つの命題は、国際労働市場なるものの本書の捉え方を要約して示している。歴史的事実と現実的経験にもとづいて国際労働市場をひとまずこのように把握しておくことによって、われわれは冷戦終結後の新しい変化をうまく嗅ぎ分けることができる。ひとことでいえば、分断線の再設計であり、国際労働市場の再構築である。本書は、ドイツ、日本、そしてフィリピンを考察の対象とする。これらの諸国が冷戦終結後の新しい世界秩序のなかで国際労働移動にどのように取り組み対処したか、そこに流れる共通の論理と各国の独自性とを摘出したいと思う。それは労働市場の国民性と国際性という二面性の現実的姿態を具体的に把握することである。そうすることで国際労働力移動の現段階における特質を明確に描きたいと思う。
本書は3部構成である。
第1部はドイツ編である。世界秩序の大転換に最も激しく直撃され、そして最も素早く対応したのがドイツである。労働力輸入のパラダイムシフトを明瞭に確認することができる。第1部は4つの章で構成されている。第1章は第1部の全体を見通す鳥瞰図を提示している。第2章はドイツ産業社会の変容過程をドイツモデルの亀裂として描いている。そのうえで変容のターゲットとなっている2つの産業に焦点を移している。建設業(第3章)とIT産業(第4章)がそれである。
第2部は日本編である。日本はドイツほどドラスティックではないが、それでもやはり世界秩序の変化に無関心ではなかった。このタイミングに合わせるかのように労働力輸入に正式な名乗りを上げた。入管法改正がそれである。これをきっかけとして外国人労働者の市場アクセスは大きく透明化された。第2部も4つの章で構成されている。第5章は外国人労働者の日本的利用形態の特質について論じている。とりわけ日系人については第6章(冷凍食品メーカー)および第7章(造船業)が個別企業の具体的な事例を紹介している。そして第8章はソフトウェア産業の変容とかかわらせて外国人技術者の導入事例を分析している。
最後の第3部はフィリピン編である。フィリピンは世界最大の労働力輸出国であるが、輸出先は特定の地域・国に限定されていない。それゆえ渡航先においてみえにくい存在となっている。サービス貿易自由化交渉、経済連携協定は労働力輸出国としてのプレゼンスを高める絶好の機会を提供している。第3部は2つの章で構成されている。第9章は80年代の危機下における労働力輸出の構造と、それが90年代に入ってから経済成長を経験するなかで変容していくプロセスを論じている。そして第10章では研究動向を整理しつつフィリピン労働力輸出の特徴について考察している。
そして補論では、明治期における日本からの労働力輸出を紹介している。日本も移住転換のサイクルを歩んだことがわかる。国際労働市場の現在を長期の歴史的なスパンのなかで考察することの枢要性を示唆している。
そして結語において本書が明らかにしたことを総括する。
目次
第1部 ドイツ(ドイツにおける労働力輸入の新展開;ドイツモデルの亀裂;ドイツの建設労働市場と外国人労働者;ドイツのIT労働市場と外国人技術者)
第2部 日本(日本の外国人労働者;日系ブラジル人の雇用管理―冷凍食品加工メーカーの事例;構内下請けと日系ペルー人―造船業の事例をめぐって;日本における外国人IT技術者)
第3部 フィリピン(フィリピンの労働力輸出;国際労働市場の非組織性)
補論 日本の労働力輸出
著者等紹介
佐藤忍[サトウシノブ]
1956年広島県に生まれる。1984年東北大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。香川大学経済学部教授。博士(経済学)。専攻は社会政策・労働問題(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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