出版社内容情報
『解体新書』を訳しながら、貧窮の中、孤高の生涯を貫いた前野良沢。流行医への道を歩んだ杉田玄白との相克を描く。【吉村昭歴史文学感動の長編】
わずかな手掛りをもとに、苦心惨憺、殆んど独力で訳出した「解体新書」だが、訳者前野良沢の名は記されなかった。出版に尽力した実務肌の相棒杉田玄白が世間の名声を博するのとは対照的に、彼は終始地道な訳業に専心、孤高の晩年を貫いて巷に窮死する。わが国近代医学の礎を築いた画期的偉業、「解体新書」成立の過程を克明に再現し、両者の劇的相剋を浮彫りにする感動の歴史長編。
1 ~ 2件/全2件
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
403
小説の前半は前野良沢の評伝といったスタイルで推移するが、『解体新書』のあたりからは、俄然杉田玄白が表舞台に登場し、むしろ主役の座を奪いかねない勢いとなってゆく。小説の後半ではそれ以外にも平賀源内(吉村昭はどうやらこの才人が嫌いなようだが)や寛政の三奇人、高山彦九郎らにも紙数が割かれ、俄かに群像劇のごとき感を呈してくる。源内はともかく、彦九郎はテーマを拡散させかねないと思われる。ただ、良沢と玄白を大きく対比させながら描いてゆく手法は、小説に膨らみを持たせるばかりか、二人の人物造形としても成功しているようだ。2017/11/21
yoshida
178
オランダ語で書かれた「ターヘル・アナトミア」を苦心の末に和訳。出版された「解体新書」。前野良沢と杉田玄白が中心となり成された事業であるが、翻訳は前野良沢の力によるものだった。前野良沢の学問への考え方から解体新書へ訳者である彼の名は記載されず。名声を得て栄達する杉田玄白。名声を求めず訳業に邁進する前野良沢。対照的な一生ではある。しかし、それは己れの筋を通した生き方であり、筋を通した二人の生き方はそれぞれが幸福であったと思う。特に今も使われる神経等の言葉を生んだのは前野良沢の力による。実に読ませる力作である。2018/11/03
びす男
99
「死のせまった年齢だからこそ、学問にはげまねばならない」。「ターヘル・アナトミア」の翻訳に尽力した前野良沢と杉田玄白が「解体新書」の出版を機に異なった道を歩む。学問を踏み台とすることを拒み、ひとり頑なに蘭語を極めた良沢と、新しい学を世に広める意義を重視し、尊敬を集めた玄白。どちらも学問に対する姿勢は間違っていないだろうが、境遇の対比が印象的だ。新しいもの好きが高じて身を滅ぼした平賀源内の挿話も味わい深い。それにしても、良沢は47歳で長崎へ留学した。学問に早い遅いはないという、夢のある話でもある。2017/02/06
マエダ
96
社交性に欠け、頑固だが勤勉で一途な前野良沢と円滑な処世術に長ける杉田玄白。対照的な二人の解体新書作成譚、困難なものに立向う人間の姿を書かせたらやはり吉村昭氏はとても面白い。文章の所々に良沢贔屓を感じるのも著者らしくていい。2018/02/02
夜長月🌙@5/19文学フリマQ37
88
「解体新書」の事実上の訳者、前野良沢の半生を杉田玄白と対比させながら語っています。普通、教科書的にも「解体新書」と言えば杉田玄白の名前が出てきますがそこには深い因縁がありました。決して玄白が故意に良沢の手柄を奪った訳でもなく、どちらかが悪人ということでもないのですが人としての歩み方の違いが鮮明です。それとともにその書の医学的価値がいかに高かったかを再認識できました。2021/03/04