出版社内容情報
不感症な女VS即物的な男。果たして「愛」は成立するのか?
天性の美貌と豊かな財力にめぐまれた貴公子城所昇は、愛を信じない青年である。彼は子供のころ、鉄や石ばかりを相手にしてすごし、漁色も即物的関心からで、愛情のためではない。最後の女顕子に惹かれたのも、この人妻が石のように不感症だったからなのだ。──既成の愛を信じないという立場に立って、その荒廃の上にあらためて人工の愛の創造を試みた、三島文学の重要な作品。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
202
比較的早い時期の長編小説だが、すでにして大作家の風格は十分だ。主人公の昇は、門閥、資産、学力、学歴、勤務先、容貌と、あらゆる点で恵まれている。彼は常に、女とは一夜限りの関係を続けてきた。ドン・ジョヴァンニがそうであるように、猟色は愛の不毛に他ならない。顕子がかつては肉体的に冷感症だったごとく、昇は精神的な冷感症に捉えられており、彼はとうとうそこから抜け出すことはできなかった。先行作では『禁色』の悠一に、そして後の作品では『春の雪』の清顕に繋がる三島文学の、ある意味では主流をなす愛のニヒリストの系譜である。2014/03/18
新地学@児童書病発動中
124
愛を信じない男城所昇が主人公の物語。城所は不感症の女性顕子に会って、人工的な愛を作り上げようと提案するのだが、二人の運命は奇妙な具合にねじれてしまう。叙情的で美しい物語。特に城所が仕事をする奥野川ダム周辺の自然の描写は生気を帯び、瑞々しい。物が好きな主人公が自然の中に入って仕事をする設定に、三島由紀夫特有のアイロニーを感じた。城所は冷たい人間のように思えるが、果たしてそうだろうか?結末近くの昇の言葉は余韻を残す。この「沈める滝」は読者の心に刻まれるし、昇の胸の中をずっと流れ落ちる気がする。2016/09/04
優希
110
人工的な愛というのが切なくもあり、美しくもありました。顕子と昇の愛の物語というだけであれば清らかで叙情的な恋愛なのですが、あくまでその要素を排除した作品と言えるでしょう。昇は顕子が不感症だったが故に愛した。それは既成の愛を信じないという立場が影響していたのだと思います。その愛はどこまでもナルシズムそのもので、顕子に自分を重ねていたように見えました。彼女が感情を持てば興味はなくなる。虚構からの真実は生まれないだけでなく、顕子が下した決断に悲しみを感じずにはいられませんでした。2016/10/18
青蓮
99
誰をも愛することのできない二人がこうしてあったのだから、嘘からまことを、虚妄から真実を作り出し、愛を合成することができるのではないかーー愛を信じない美貌の昇と不感症の美しい女性・顕子が織り成す愛の行方。顕子のような不感症な女性は度々三島作品に登場するが、このモチーフにはどんな意味があるのだろうと考えしまう。雄大な自然と巨大な人工ダムの対比は顕子と昇を表わしているのだろうか。肉体的な感動を得た顕子に興味を持てなくなった昇は「愛」の不能者だ。逆に、顕子は不感症ではあったが愛情深い人だった。彼女の選択が悲しい。2016/08/04
遥かなる想い
67
「長すぎた春」的な小説。さめた文体がよい。 2010/06/12