内容説明
何もさえぎるものない丘の上の新しい家。主人公はまず“風よけの木”のことを考える。家の団欒を深く静かに支えようとする意志。季節季節の自然との交流を詩情豊かに描く、読売文学賞受賞の名作。
1 ~ 1件/全1件
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中
145
幸せな思い出が少しかなしいようなせつない気持ちにさせるのはふしぎな心地。おなじように巡る季節のなかでおなじ年はもう二度と巡らないということ。ここにある幸せはもうここにしかないということ。私はいつも過去を懐かしんで生きている。山の匂いが鼻の奥の方によみがえって、なんだかむずむず擽るようで少し涙がでる。金木犀のむせかえるようなあの香りを思いだす。今年はあまり感じられなかったなぁもう夜になると寒さが少し肌を刺して気持ちがいい。すこしかなしい。だいぶしあわせ。今消えていくしあわせがここにもあるから。2020/11/14
ちゃちゃ
119
萩の咲く初秋から春蘭の蕾を見つける早春までの半年、丘の上の家で暮らす日常の瑣事を、実に味わい深く愛おしく描いた作品だ。庭の草木、野山で出会う生き物、周囲のささやかな自然へ向けられる温かいまなざしは、家族と暮らす平穏な日々へのそれでもある。けれど、そこはかとなく漂うユーモアやおかしみの底には、失われてゆくものへの哀惜の念がそっと含まれている。かけがえのない今を慈しみ大切にして生きることの豊かさを、静かに伝えてくれる名作だ。2020/04/29
アン
99
多摩丘陵の見晴らしの良い家に移り住んだ大浦家。夏休みの宿題、部屋に馴染む勉強机、絶妙な料理の味、風邪の特効薬…。自然と親しみ、夫婦や子供たちの愛情に満ちた暮らしぶりはほのぼのとして、儚くも「いま」が何とも愛おしく、かけがえのないものだと心を打たれます。時代と共に風景や生活が移り変わり、消えてしまうことに切なさを覚えますが、些細な日常に宿る可笑しみと安らぎに心が慰められるような気持ちに。子供の成長を見守り思い遣りながら、日々を慈しみ生きるよろこびをそっと届けてくれる、優しい風に包まれるような物語。 2021/05/25
厩戸皇子そっくりおじさん・寺
85
私はフリマアプリをやっているのだが、庄野潤三の文庫を手頃な値段で出品すると、そのうちじきに売れてしまう。これは庄野潤三だけでなく、木山捷平もそうで、日本文学史で派手とは言えないこの二人に共通した潜在的な根強い人気で、これに上林暁と小山清を加えて四天王と呼んで良い(呼ぶ必要はないが)。この小説はいつか読もう読もうと思っていたがやっと果たせた。子供が三人いる夫妻の、秋から冬への日常。テレビからホームドラマが無くなって久しいが、ホームドラマみたいな騒動も起きない平凡な家族の日々。しかし非凡な平凡なのである。2020/01/06
さつき
82
祖母の本棚から。丘の上に引越して来た大浦一家。描かれているのは四季の花々や山の生き物たちとの関わり、子供たちの成長という、どこの家庭にもある平凡な日々です。読んでいると端々から自分の祖母の存在を感じました。というのも、この本は祖母のお気に入りだったから。お預け徳利にほととぎすを活けるシーンがあるのですが、祖母もよく九谷の徳利を一輪挿しに使っていました。大好きだった作品の真似をしていたのかなぁと懐かしく思い出します。何故か涙が止まりません。庄野潤三さんの作品はまだまだ本棚にあるので順番に読んでいきたいです。2020/05/25