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岩波文庫
ヨオロッパの世紀末

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  • サイズ 文庫判/ページ数 263p/高さ 15cm
  • 商品コード 9784003319420
  • NDC分類 230.6
  • Cコード C0190

出版社内容情報

ヨーロッパとは何か.我々は誤解を重ねてきたにすぎない――ヨーロッパがヨーロッパとしての性格を完成した十八世紀,堕落に転じた十九世紀,そして再生の季節としての世紀末を論じた本書は,その比類ない歴史感覚でそれまでのヨーロッパ観,世紀末観を根底から覆した.著者円熟期の最も薫りたかい果実である. (解説 辻邦生)

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社トリスタの提供する「読書メーター」によるものです。

HANA

57
吉田健一による文明論。全編あの独特の文体で書かれているため、ヨオロッパヨオロッパの連続で何やらゲシュタルト崩壊しそうになってくる。全体の流れとしてはヨオロッパがヨオロッパとなった18世紀から堕落の19世紀、そして再生としての19世紀末というもので通常の理解とは逆。それを様々な文献を引用して逆転させる様は凄い。特にボードレールの価値観を逆転させる手際は、優秀なマジシャンの見事な手際を見ているようであった。ただここで語られてるのって、観念としてのヨオロッパであって現実や政治上の概念のヨーロッパじゃないよね。2019/09/10

朝日堂

19
稀代の文芸評論家、吉田健一によるヨーロッパ史観。彼が鋭く示すのは、ヨーロッパの十九世紀が、観念という幅の狭い存在をあたかも現実であるかのように見なして生きてきた結果、「生」という幅広いいきいきとした現実と悦びとを、一切忘失したという事実である。彼の云う世紀末とはこうした十九世紀の終わりに「生」の喪失に気づき、もう一度十八世紀的な「優雅さ」を取り戻そうとした文明的目覚めである。そうした歪んだ病的な十九世紀ヨーロッパのなかで、際立って健全な精神の持主であった人物としてボードレールの名を挙げているのが興味深い。2013/06/10

G三世

10
はじめての吉田健一。自由・理性・進歩をキーワードにしてヨオロッパの近代から世紀末への分析を行った一冊。「大きな物語」を想定した洞察力とヨオロッパに関する深い教養に裏打ちされ、非常に興味深いものとなっている。冒頭の政治や社会の分析は吉田健一の文章に慣れていないこともあってとっつきにくかったが、ボードレールなどの詩の読解は切れ味が鋭く、ページを繰る手が止まらなかった。2017/12/03

Haruka Fukuhara

7
筑摩書房(1987年)にて。奥付によると1977年に逝去されているらしく、この本も再録だったのだろう。松浦寿輝の解説も良かった。エッフェル塔の話からふと、一緒に横浜の展望台に上った人のことを思い出した。>我々は近代とか前近代とかいふ凡て自分が現に生きてゐる時代を最上のものと決める田舎ものの偏見に制約される必要はない。我々にとつてここで重要なのはヨオロツパがいつヨオロツパになつたかといふことで、近代になればこれは世界史に属し、近代の次に来た今日などと言つた所で現在から千年もたてば現在が千年前の大昔になる。2017/03/05

なっぢ@断捨離実行中

6
ややミスリードを誘いそうなタイトルだが、本書で取り上げられてるのは主に19世紀の文学者たちだ。ヒュームに代表される18世紀の優雅なヨーロッパに対して19世紀を観念と科学的思考に汚染された黄昏のヨーロッパ(主敵はドイツ観念論や実証主義など)として書き出している。しかしテーマの暗さに反して吉田の独特の筆致はあくまで穏やか。ロンドンで近代日本の病を一挙に引き受けてしまった漱石とは隔世の感があるが、一方で20世紀固有のほの暗さもどことなく感じられる。時代を遡り反復構造を炙り出す手法は蓮實重彦などとも共通している。2017/01/09

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