出版社内容情報
「河童」は,精神病患者の談話を筆録したという形で書かれたユートピア小説.戯画化された昭和初期の日本社会であり,また,作者の不安と苦悩が色濃く影を落としている.自ら命を断つ直前の作.(解説=吉田精一)【改版】
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Willie the Wildcat
72
『蜃気楼』に垣間見る深層心理が印象的。散歩の途中で擦れ違った人、見かけたモノ、耳にした音、そして匂い。意識という実像に潜む無意識という虚像を、五感が再生という感。次に表題の『河童』。対極の価値観の提示が問う本質。対極の軸は「意志」。各々の世界で共に病むトックと主人公。主人公が人間界に戻る場面は、特に意味深。運命の嘆き・悲哀に著者の苦悩を感じる。『三つの窓』、2人の中尉と擬人化した戦闘艦の”窓”と解釈。共に目にする次世代の”消失”、そこに著者の心底。2017/09/14
mii22.
49
河童の国にひょんな事から迷い混んだ語り手の「私」。その世界は人間世界からすれば奇妙でありで恐ろしく感じる。河童に言わせると人間界よりもずっと進歩しているという河童界のなかに過去や未来の姿を見てしまうからかもしれない。少ない頁数のなかに恋愛、衣食住、政治経済、宗教、思想と色々なこと(風刺)が詰まった面白くもあり、不安な気持ちにさせられ、危うさや怖さをジリジリと感じさせられる物語だ。こんなお話を書けるのは狂人か天才しかいないのでは..と思わせる圧倒的な力がある。2016/07/25
nyanco
41
小生意気な小学生だった私が読んでいた日本文学全集。難解な文芸作品には歯が立たなかったが「河童」は面白かった。しかし年を重ね再読する度、芥川の生きづらさを知ることとなる。あなた方の子供になど生まれたくない、と生まれることを拒否する子供。己の首にまとわりつく妻や子供を疎ましく思い家族制度を呪っていながら、家族団欒の夕餉の情景を見ては羨ましく思う。自殺前の芥川の揺れる気持ちが伝わってくる。安い驢馬の脳髄と紙とインクから入れれば次々と生み出す書籍製造機。己の仕事は、それほどのものでしかないのだ…とも。2009/07/24
Roy
40
★★★★+ 生きづらさを感じる者が求める理想郷とは何だろうか。そういえば或る女がいた。女は理想郷を求め海へ飛び込み、北朝鮮へと亡命した。しかしそこは女の言う理想郷では無かった。女は祖国へ帰りたいと言った。この小説を読みながらその女が重なる。恐らく女はまた理想郷を求め、生きづらいと否定し排除して行くのであろう。そこに存在する、排他的であるくせに他者の理解を求める自意識に僕はいつも辟易とする。何よりも最優先に自我を主張し尊重する人間には、理想郷など無いのだ。本当の理想郷はその実、いつも自分のすぐ側にある。2009/07/24
tomo*tin
38
対岸から高みの見物をするつもりでいたのに、物凄い力で足首を掴まれ、気づいた時には沼に引きずり込まれていた。「莫迦な、嫉妬深い、猥褻な、ずうずうしい、うぬぼれきった、残酷な、虫のいい動物」それは河童か、それとも人間か。己の内側に対する絶望と、外界全てに対する絶望。破裂しそうに膨張した狂気が文字の間から躍り出し、空気をヘドロに変えてゆく。様々な読み方があると思うが、私は風刺というよりも著者の苦悩を強く感じた。いつの世も他人は大抵宇宙人みたいなものだし、一歩外に出ればそこは異界。理想郷など無いのである。2009/07/24