出版社内容情報
『道草』は漱石唯一の自伝小説だとする見方はほぼ定説だといってよい.すなわち,『猫』執筆前後の漱石自身の実体験を「直接に,赤裸々に表現」したものだというのである.だが実体験がどういう過程で作品化されているかを追究してゆくと,この作品が私小説系統の文学とは全く質を異にしていることが分る. (解説・注 相原和邦)
内容説明
『道草』が『猫』執筆前後の漱石の実生活に取材した自伝小説であるとする見方は定説といってよい。だが、実生活の素材がどういう過程で作品化されているかを追究してゆくと、この作品が私小説系統の文学とは全く質を異にしていることが分かる。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Gotoran
52
海外留学から帰国して大学教師になって長編作品を書こうとしている主人公の健三。繰り返し訪ねてきて借金の申し入れをして帰る養父の島田。さらに姉や兄、事業に失敗した妻のお住の父までが健三に纏わりつき金銭問題で悩ませる。健三、お住の夫婦生活を中心に養父母、姉夫婦、舅と健三の関係を心理的に掘り下げて、近代知識人・健三の苦悩が描かれている。漱石の自伝的小説を興味深く読んだ。本作品から漱石最晩年の心境・諦観を窺い知ることが出来た。2022/04/22
ハイカラ
42
自分の中の論理と現実がずれてくると、どうしても自分は間違っていないと思いたくなる。健三は論理に恃んで日々を暮らし、家族関係や金の問題という実際に苦しむが、論理を捨てて膝を屈することはしない。考え考え足掻いている。まあどう頑張っても片付かないのが現実の非情さだけど、論理と実際を擦り合わせることは無意味でないと思います。2016/10/06
ころこ
30
「とうとう遣って来たのね、御婆さんも。今までは御爺さんだけだったのが、御爺さんと御婆さんと二人になったのね。これからは二人に祟られるんですよ、貴夫は」これを妻が言っているというのが興味深い。さすがの戦前の家族法も元養子に元養父母の扶養義務はないはずです。にもかかわらず養父母に対して断りを入れることが出来ない。法的理屈はあるとしても、幼少期の養父母との関係におけるダブルバインドの葛藤によってどうしても面と向かって断ることが出来ない。その不能性が円滑とはいえない妻との関係に現れているようにみえます。あたかも昔2020/12/07
mayumi225
23
片付かないしがらみと,噛み合わないながら続く夫婦。この機微の描写!さすがは漱石の凄みがある。【以下引用】「つまりしぶといのだ」健三の胸にはこんな言葉が細君の凡ての特色ででもあるかのように深く刻み付けられた。(・・・)しぶといという観念だけがあらゆる注意の焦点になってきた。彼はよそを真闇にして置いて,出来るだけ強烈な憎悪の光をこの四字の上に投げ懸けた。細君はまた魚か蛇のように黙ってその憎悪を受取った。(・・・)「あなたがそう邪慳になさると,またヒステリーを起こしますよ」細君の眼からは時々こんな光が出た。2017/09/02
テツ
16
漱石の自伝的な小説。百年以上前の作品なんだよなあこれ。それでも現代社会に生きる僕たちにも通じる生まれつきつきまとい離れない運命を描いているのはさすが。人間が伝えたいテーマって百年くらいじゃ何も変わらないのかもしれませんね。ひたすら金を無心する育ての親とのしがらみ。切っても切れない縁を力づくで切り離しても気持ちは晴れず。もうね。生まれた時点で、こう育てられた時点で負けなんですよね。運命論を信じたくはないけれどそう思いたくなる気持ちは痛いほど理解できる。生きるのはどうしたって息苦しい。2016/04/10