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身体の文学史新潮選書

本書の初版は1997年１月の発行。同じ…

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本書の初版は1997年１月の発行。同じ出版社の「新潮選書」の一冊として2010年に再刊された。忘れ去られていく書籍が多いなかで、現在も容易に入手できる。
　著者は有名な解剖学者。「身体論」への関心のなかで気になっていた本だ。「文学史」とあるが、明治・大正から昭和にかけての作家と作品に焦点を当て、メスで切り開いて見えない断面を露わにするような「作家・作品論」である。
　解剖台に運び込まれた作家は、芥川龍之介、夏目漱石、森鴎外、小林秀雄、深沢七郎、三島由紀夫等。雑誌掲載の内容を発表の時系列でまとめたものなので（「表現とはなにか」は追加執筆）、記述の反復があるが、その重複が、著者の見解の再確認の一助となる。
　日本文学の専門家から言わせると、このような論考は、門外漢による領域侵犯となるかもしれない。個人的には、「専門」という分類に居心地の悪さを抱いてきたので、著者の厚かましい探求心には好感がもてる。例えば、芥川の「歯車」という作品に触れた際に、「閃輝性暗点」という症状で診断を下す件は、医学的な視点からでなければ不可能な論述である。
　令和の今、著者が取り上げた作家や作品は、すでに過去のものになってはいるが、作品を創造する作家の心と言語とそれを読む読者の精神を、「身体」という生命現象を介して理解しようとする試みは、「文学の身体」として、新たな地平を切り開いていくような気がしている。
　このような「脱領域」的な考察からは教えられることが多い。「専門」も悪くはないが、英語のspecialized　fieldでは見通しのよさが前提になっているのに対し、日本語からは閉鎖の印象を受けてしまう。中に入るには、手続きや検査が課せられるという排除感でもある。
　能天気な私は、この用語に手術をして、「専問」にしてはどうだろうかと考えている。「専ら問う」という意味である。

文学の身体、脱領域

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