森達也さんエッセイ「死と生」
一週間ほど前、この2月に死刑が最高裁で確定したオウムの林泰男から、暑中見舞いの葉書が来た。淡々とした文面だった。確定前と確定後に生活に大きな変化はないけれど、映画を週に何回かビデオで視聴できるようになったので、それは単純にうれしいと、几帳面な文字で綴られていた。
葉書を僕は何度も読み返す。ほぼ同年輩の彼は、数年後には東京拘置所の塀の内側で処刑される。絞首される。その瞬間を僕は(おそらく)知らない。気づかない。処刑は基本的には朝の9時前後に行われるから、ちょうど目を覚まして寝ぼけながら歯を磨いているころだろう。トーストにジャムなどをつけて、コーヒーカップを片手に、もぐもぐと食べている時間かもしれない。
小学校の低学年の頃、夜更けに布団の中に入ってから、ふと自分はいつか死ぬのだと考えた。そしてとても強い恐怖に襲われた。
死ぬということは消えること。自分というこの存在が消えること。
その意味がわからない。暑いとか寒いとか、悲しいとかうれしいとか、そう感じる自分がいない。あれは何だとかこれはこうしようとか考える自分がいない。
その状況がわからない。そして怖い。死ぬ瞬間を自分は(たぶん)感知できない。感知した瞬間に存在が消えている。それはどういうことなのだろう。
そして今も、時おりは自分が消えてなくなることを考える。でもやっぱりわからない。うまく想像できない。自分が死ぬということはどういうことだろう。死んで消えるということはどういうことなのだろう。
だから死刑の意味も僕にはわからない。当たり前だ。だって死の意味がわからないのだ。
でも考える。死の意味そのものは(おそらく)絶対にわからないだろうけれど、考えることは放棄したくない。そして死刑について、見えるものは目にしたい。聞こえる声は聞きたい。目をそむけたくない。だって僕は今のこの社会の一員だ(そしてあなたも)。死刑制度も含めてこの社会のすべてのシステムを、一応は容認する立場なのだ。
だから見る。そして聞く。できるかぎりは五感を研ぎ澄ます。そのうえで考える。人が人を殺すということは何なのか。林泰男が加担した地下鉄サリン事件では、12人の職員や乗客が殺された。その罪を贖うことなどできない。たとえ自分の命をもってしても。だから人は人を殺してはいけない。何度も何度も同じ(そして凡庸な)結論に立ち返る。
今も考え続けている。死について。そして死刑について。これからもずっと考え続けるつもりだ。だって今は生きているから。
【森 達也】
森達也(もり・たつや)さんプロフィール
映画監督/作家
1956年広島県呉市生まれ
1975年新潟県立新潟高等学校卒業
1975年立教大学法学部法学科入学
1980年 卒業
1985年 ㈱テレコム・ジャパン入社 テレビ・ディレクターとなる。
1998年オウム真理教の荒木浩を主人公とするドキュメンタリー映画「A」を公開、各国映画祭に出品し、海外でも高い評価を受ける。
2001年、続編「A2」が、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。
著書に『放送禁止歌』(光文社知恵の森文庫)、『「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔』、『クォン・デ~もう一人のラストエンペラー』『世界が完全に思考停止する前に』『職業欄はエスパー』(角川文庫)、『A2』(現代書館)、『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』(ちくま文庫)、『下山事件』『東京番外地』(新潮社)、『池袋シネマ青春譜』(柏書房)、『いのちの食べかた』『世界を信じるためのメソッド』(理論社)、『戦争の世紀を超えて』『ぼくの歌・みんなの歌』(講談社)、『ドキュメンタリーは嘘をつく』(草思社)、『王様は裸だと言った子供はその後どうなったか』『ご臨終メディア』(集英社)、『悪役レスラーは笑う』(岩波新書)、『死刑』(朝日出版社)など多数。
森達也さん著作
「こんなに"誰かに読んでほしい"と願う本はない」(40代・女性)
殺した人、大切な人が殺された人、執行する人、 死刑囚のため祈る人、処刑台から生還した人、存置を主張する人、廃止を主張する人...。
死刑の周辺を歩き回った、三年間のロードムービー。
罪とは、罰とは、命とは、何だろう?
視点をずらす思考術
森達也 / 講談社
2008/02出版
ISBN : 9784062879309
価格:¥756(本体¥700)
ぼくの歌・みんなの歌
森達也 / 講談社
2007/10出版
ISBN : 9784062141949
価格:¥2,052(本体¥1,900)
日本国憲法
森達也 / 太田出版
2007/01出版
ISBN : 9784778310356
価格:¥1,598(本体¥1,480)
下山事件(ケ-ス)
森達也 / 新潮社
2006/11出版
ISBN : 9784101300719
価格:¥637(本体¥590)
東京番外地
森達也 / 新潮社
2006/11出版
ISBN : 9784104662029
価格:¥1,512(本体¥1,400)
世界が完全に思考停止する前に
森達也 / 角川書店
2006/07出版
ISBN : 9784043625031
価格:¥555(本体¥514)
森達也の夜の映画学校
森達也、代島治彦 / 現代書館
2006/04出版
ISBN : 9784768476772
価格:¥2,376(本体¥2,200)
ドキュメンタリ-は嘘をつく
森達也 / 草思社
2005/03出版
ISBN : 9784794213891
価格:¥1,836(本体¥1,700)
いのちの食べかた
森達也 / 理論社
2004/11出版
ISBN : 9784652078037
価格:¥1,080(本体¥1,000)
池袋シネマ青春譜
森達也 / 柏書房
2004/03出版
ISBN : 9784760124961
価格:¥1,728(本体¥1,600)
放送禁止歌
森達也 / 光文社
2003/06出版
ISBN : 9784334782252
価格:¥734(本体¥680)
職業欄はエスパ-
森達也 / 角川書店
2002/09出版
ISBN : 9784043625024
価格:¥843(本体¥781)
A2
森達也、安岡卓治 / 現代書館
2002/04出版
ISBN : 9784768476826
価格:¥1,836(本体¥1,700)
森達也さん選書「死と生」
クオ・ワディス 上
ヘンリク・シェンキェヴィチ、木村彰一 / 岩波書店
1995/03出版
ISBN : 9784003277010
価格:¥907(本体¥840)
〈上〉
森達也さんコメント 宗教について思うとき、いつもこの本を思い出す。「クオ・バディス」の意味は「主よ何処へ」。最後の晩餐の夜に泣きじゃくったり、十字架にかかって絶命する直前に「父よ、なぜ私を見捨てるのですか」と叫ぶイエスも含めて、この揺らぎ方が大好きだ。
クオ・ワディス 中
ヘンリク・シェンキェヴィチ、木村彰一 / 岩波書店
1995/03出版
ISBN : 9784003277027
価格:¥907(本体¥840)
〈中〉
クオ・ワディス 下
ヘンリク・シェンキェヴィチ、木村彰一 / 岩波書店
1995/03出版
ISBN : 9784003277034
価格:¥842(本体¥780)
〈下〉
朗読者
ベルンハルト・シュリンク、松永美穂 / 新潮社
2003/06出版
ISBN : 9784102007112
価格:¥594(本体¥550)
森達也さんコメント 15歳の僕と一回り歳上のハンナとの恋。そしてナチスという巨大な悪との遭遇への記憶。なぜ人は優しいままに残虐になれるのか。人は人をなぜ殺せるのか。切ない。でも人は生きなくてはならない。
タイタンの妖女
カ-ト・ヴォネガット、浅倉久志 / 早川書房
2009/02出版
ISBN : 9784150117009
価格:¥820(本体¥760)
森達也さんコメント 大好きなヴォネガットの初期のSF小説。波動になってしまったラムフォードを媒介に、人類の英知の輪郭、自由な意思の耐久力、歴史の意味などが語られる。たぶんヴォネガットのすべてが、特にドレスデン大空襲を実際に体験したヴォネガットの死生観が、凝縮された作品だ。
死の棘
島尾敏雄 / 新潮社
1981/01出版
ISBN : 9784101164038
価格:¥907(本体¥840)
森達也さんコメント 人はこれほどまでに他者を、そして自己を追い詰められるものなのか。際限なく繰り返される夫婦の会話はあまりに怖い。濃密な死がそこにあるからだ。でも切ない。死は生と隣り合わせにあるからだ。
蝿の王
ウィリアム・ジェラルド・ゴ-ルディング、平井正穂 / 新潮社
2010/11出版
ISBN : 9784102146019
価格:¥766(本体¥710)
森達也さんコメント タイトルの「蝿の王」は悪魔ベルゼブブのこと。ベルゼブブはそもそもは豊穣の神。でも殺戮の邪神へと転化する。人が本源的に持つ獣性について考える。人は人をこんなに簡単に殺す。蝿の王は僕でもあり、あなたでもある。10代前半で「十五少年漂流記」を読んだのなら、10代後半にはこの本を読んでおきたい。
ルイズ 父に貰いし名は
松下竜一 / 講談社
1985/03出版
ISBN : 9784061834446
価格:¥616(本体¥571)
森達也さんコメント 憲兵に虐殺された大杉栄と伊藤野枝。そしてその子どもであるルイズの、戦中と戦後にわたる物語。大正デモクラシーからファシズム、終戦の解放感からレッドパージ。時代に翻弄されながらルイズは生きる。
・・・松下竜一の聖性について時おり考える。この偉大な先人の足元にも僕は及ばない。
メメント・モリ 死を想え
藤原新也 / 三五館
2008/11出版
ISBN : 9784883204489
価格:¥1,944(本体¥1,800)
森達也さんコメント タイトルの意味はラテン語で「死を想え」。想うことは大切。想いかたももちろん大切。刊行時に何気なく本屋で立ち読みしていて、「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」のフレーズと写真に、思わず鳥肌が立ったことを覚えている。
白痴 上巻
フョ-ドル・ミハイロヴィチ・ドストエフス、木村浩 / 新潮社
2004/04出版
ISBN : 9784102010037
価格:¥1,015(本体¥940)
〈上巻〉
白痴 下巻
フョ-ドル・ミハイロヴィチ・ドストエフス、木村浩 / 新潮社
2004/04出版
ISBN : 9784102010044
価格:¥907(本体¥840)
〈下巻〉
森達也さんコメント 知性が足りないゆえに体現される善。人々に愛されるムイシュキン。その対極にあるロゴージン。光と影。善と悪。マニ教のような善悪2元的世界を構築しながら、トルストイはその構図からの脱却を必死に試みる。
万延元年のフットボ-ル
大江健三郎 / 講談社
1988/04出版
ISBN : 9784061960145
価格:¥1,782(本体¥1,650)
森達也さんコメント 大江健三郎が規定する戦後民主主義への共感と失望が、時代の暗喩として最も明確に、そして豊穣に現れた作品だと思う。それとタイトル。この人の作品はいつも秀逸。このセンスがうらやましい。
〈下巻〉
森達也さんコメント 個人的には村上文学の最高作だと思う。ヤミクロは怖い。音抜きも怖い。そして自己の記憶は借り物であり、この世界はすべて虚偽で、実のところは閉鎖した回路に閉じ込められているとの想像はもっと怖い。でもふと思う。人は結局そんな存在なのだと。
虐殺器官
伊藤計劃 / 早川書房
2010/02出版
ISBN : 9784150309848
価格:¥777(本体¥720)
森達也さんコメント かつて人類は同じひとつの言葉を使っていた。でも天に届こうとするバベルの塔を作ることを企てたがために、神から言語を分散させられた。その帰結として人は殺し合う。
豊富な語彙に裏づけされる小説的世界に圧倒されながら、そんな神話を思い出した。
地球幼年期の終わり
ア-サ-・チャ-ルズ・クラ-ク、沼沢洽治 / 東京創元社
1983/02出版
ISBN : 9784488611026
価格:¥864(本体¥800)
森達也さんコメント 幼年期であるということは青年期もあるし壮年期もあるはず。もちろん老年期も。そしてやがて死ぬ。細胞は自死することで全体を生かすというアポトーシスを想起させる壮大なSFだ。
野火
大岡昇平 / 新潮社
2014/07出版
ISBN : 9784101065038
価格:¥464(本体¥430)
森達也さんコメント 「この世は神の怒りの跡にすぎない」。このフレーズは、ジョン・レノンの「神なんて僕らが苦痛の量を測るための概念でしかない」に匹敵する内実を持つ。人は神にすがり、突き放され、ときには背中を向けながら、でもやっぱり恋い慕う。この小説がなぜ「神に栄えあれ」で終わるのか、その理由を僕は今も考え続けている。
大地 1
パ-ル・バック、小野寺健 / 岩波書店
1997/02出版
ISBN : 9784003232019
価格:¥1,101(本体¥1,020)
〈1〉
森達也さんコメント 近代化へと移行する中国を舞台に、語られる王家三代の物語。小説というよりも叙事詩だ。その登場人物の一人ひとりが等身大であり、僕の周囲にもいる人たちだ。・・・いやもしかしたら僕自身かもしれない。死は生へと繋がり、生はまた死へと繋がる。でも営みは途切れない。これはまさしく仏教でいう縁起の世界だ。
大地 2
パ-ル・バック、小野寺健 / 岩波書店
1997/02出版
ISBN : 9784003232026
価格:¥972(本体¥900)
〈2〉
大地 3
パ-ル・バック、小野寺健 / 岩波書店
1997/03出版
ISBN : 9784003232033
価格:¥972(本体¥900)
〈3〉
大地 4
パ-ル・バック、小野寺健 / 岩波書店
1997/04出版
ISBN : 9784003232040
価格:¥1,015(本体¥940)
〈4〉
ラヴクラフト全集 1
ハワ-ド・フィリップス・ラヴクラフト、大西尹明 / 東京創元社
1991/06出版
ISBN : 9784488523015
価格:¥756(本体¥700)
〈1〉
森達也さんコメント 怖い小説ならいくらでもある。ちょうど夏だし。でもどうせなら、文学的な暗喩にあふれたホラーを読みたい。ぜったいに具現化されない恐怖の存在は、生と死への哲学的対話にも遡及する。スティーブン・キングが好きな人なら、ラブクラフトは必読。
森達也さんコメント 被虐は加虐へとあっさりと転化する。ちょうどホロコーストの衝撃が強引なイスラエル建国に結びつき、その後の中東戦争を経て9・11に繋がったように。だから考えねばならない。アウシュビッツとは結局は何だったのか。そして知らねばならない。不特定多数の善意が殺戮へと転化するメカニズムを。
沈黙の春
レ-チェル・ルイス・カ-ソン、青樹簗一 / 新潮社
2004/06出版
ISBN : 9784102074015
価格:¥766(本体¥710)
森達也さんコメント 環境問題の原点として読み解くことももちろん可能。でも単なる告発ではない。作者であるカーソンが海洋生物学者であるからだろう。とても静謐な死生観が行間に滲んでいる。
「じんぶんや」とは?
こんにちは。じんぶんやです。
2004年9月、紀伊國屋書店新宿本店に「じんぶんや」という棚が生まれました。
「じんぶんや」アイデンティティ1
★ 月 が わ り の 選 者
「じんぶんや」に並ぶ本を選ぶのは、編集者、学者、評論家など、その月のテーマに精通したプロの本読みたちです。「世に溢れかえる書物の山から厳選した本を、お客様にお薦めできるようなコーナーを作ろう」と考えて立ち上げました。数多の本を読み込んだ選者たちのおすすめ本は、掛け値なしに「じんぶんや」推薦印つき。
「じんぶんや」アイデンティティ2
★ 月 が わ り の テ ー マ
人文科学およびその周辺の主題をふらふらと巡っています。ここまでのテーマは、子どもが大きくなったら読ませたい本、身体論、詩、女性学...など。人文科学って日々の生活から縁遠いことではなくて、生きていくのに案外役に立ったりするのです。
ご愛顧のほど、どうぞよろしくお願いします。
「じんぶんや」バックナンバー
こちらのページから今までの「じんぶんや」をご覧いただけます。
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【じんぶんや第43講】 森達也選「死と生」
■場所 紀伊國屋書店新宿本店 5Fカウンター前
■会期 2008年8月8日~9月上旬
■お問合せ 紀伊國屋書店新宿本店 03-3354-0131