書物復権によせて
藤原辰史(ふじはら・たつし)1976年生まれ。京都大学人文科学研究所准教授。専門は農業史、食の思想史。著書に『分解の哲学 』(青土社)、『稲の大東亜共栄圏』(吉川弘文館)、『給食の歴史』(岩波新書)など。
書物と食物
「しょもつ」と「しょくもつ」は似ている。まず発音が似ている。英語に翻訳しても、両方とも四個のアルファベットで構成され、真ん中にOが二つ並んでいる。でも、それだけではない。
たしかに、書物は煮ても焼いても食べられない。圧力鍋にかけても歯が立たない。さらに言えば、書物は読んでも排出されない。読書のあと、トイレに行って、吸収できなかったものを水に流すことがしたくなることもないではないが、できない。食べものは常温で置いておくと、腐っていくが、本は腐らない。食べものを買いだめしても、家を圧迫する心配はほぼないが、本を買いだめするとたとえば私の家や研究室のように人間の生きるスペースを小さくしてしまう恐れがある。
だけれども、「しょもつ」にも「しょくもつ」にも「庫」という漢字が似合う。どちらも虫が喰う。カビも生える。温度や湿度を管理した書庫と食物庫ないし冷蔵庫が必要だ。ただ書庫にも冷凍庫にも死蔵はつきもの。それから、書物も食物も生きものから「作られたもの」である。森林と頭で書物を料理する、と考えることができる。なぜなら、書物は集めた素材を加工してノートにしてそれを読者のお口にあうように刻んだり、あぶったり、焼いたりしているとも言ってもよいからだ。良い素材を生煮えのまま食べさせる書物では、消化不良になるし、過剰な形容詞と副詞にあふれた書物は胸焼けを起こす。それに、食物を育てることも料理することも、自然物を「読む」と考えることもできる。腕のいい料理人は、市場に並ぶ食材のその日の表情を読むのが得意だ。
そして、そもそも、どちらにも味わいがある。これは比喩ではない。食べものは、甘い、辛い、苦い、などさまざまな味があるが、本を読んだあとも舌に何か残っている気がする。つまり、読後感が食後感と似ていることがある。たとえば、私だけだと思うけれども、最近めっきり減ってしまった箱入りの本を読んだあとは、懐石料理の旨味に体が浸った後のような、少し疲れた舌の感覚がある。薄めの文庫本を読むと、近くの喫茶店でサンドイッチをかじったような気がする。ドストエフスキーは札幌ラーメンの濃厚な味噌とコーンとバターの味がするし、フーコーはクリーミーなフレンチのコースにデザートを食べた満腹感に襲われ、ドゥルーズはカラフルで新鮮で多種類の野菜のサラダの茎が喉に刺さるし、丸山眞男は、洋食屋でナイフとフォークでエビフライとハンバーグを食べたような気持ちになり、夏目漱石や藤田省三はざるそばを啜ったあとの喉越しが残る。
ちょっと強引な喩えだけれども、本棚から漂う香りにお腹を鳴らす「食書人」はもっといるはずだ。書物に、もっと味わいを。
[ごあいさつ]
2020年、第24回目の11社共同復刊、今回も多数のリクエストをいただきありがとうございました。2月29日までの期間中に、紀伊國屋書店内公式サイト、復刊ドットコムの特設サイトおよびFAX で、受けつけたリクエストは総数約3,200票、最多書籍には85の票が寄せられました。いただいたコメントには、それぞれの書目に対しての皆さまからの熱心な要望が伝わっており、各発行出版社はこの結果を元に、復刊書目の選定をいたしました。今回の共同復刊で実現できなかった書目からも、各社独自の方法で復刊を予定している場合もあり、1点でも多くの品切れ書の復刊の実現にむけて努力してまいりますので、今後の各社の復刊情報にご注目くださるようお願いいたします。
今回、各発行出版社の判断により復刊を決定した書目は47点47冊。書籍は5月下旬より全国約200の協力書店店頭にて展示されますので、足をお運び頂けましたら幸いです。
今年も充実した復刊ラインナップができました。来年以降も、読者の皆様のご期待に添えるように活動を継続させて参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
[ご案内]
・刊行はすべて、2020 年5月下旬を予定しています。
・内容についてのお問い合わせは発行出版社までお願いします。
復刊書目
〔2020復刊書目〕 哲学・思想・言語・宗教人間を幸福にする最良の国制とは何か。国家はいつ不安定化し、崩壊するのか。この問いと格闘した西洋政治学の創始者の思想を統一的に描く。
祖国ルーマニアを去り、パリに移り住んで3年。のちにフランス語による著作で「暗黒のエッセイスト」の名を馳せる著者が、母国語で書いた最後の一冊。
狂気すれすれの危機的な精神状況にあった22歳の著者は、書くことに活路を見出した。異端の思想家シオランの、誕生の瞬間を記録した処女作。
ウェーバーとフッサールの思想を統合し、新たな領域を切り拓いたシュッツ。「他者理解」の基礎理論を構築した、その思想の全体を編んだ、"必ず読むべき基本文献"。
言語分析とコミュニケーション理論を橋渡しする領域で活躍した。言語哲学に関連した主要論文を集成。
行為の因果説を普及させ、行為文の論理形式の分析や心身問題における非法則的一元論の提唱など、新鮮な問題提起で現代哲学を震撼させてきた著作。
ジョン・サールによる実践理性批判。アリストテレスからカント、デイヴィドソンまで連綿と受け継がれてきた合理性の概念を問い直す!
過去・現在・未来はひとつづきなのか。「私達」は絶対的か相対的か。「時間と相対主義」をめぐる思索の先で運命論が立ち上がってくる。
芸道思想の古典とされる世阿弥の伝書。『風姿花伝』だけ読んだのでは見えてこない、伝書全体の根底に潜む壮大な稽古の逆説的ダイナミズムを読みとく試み。
聖書の時代から近現代に至るまで、離散と迫害のユダヤ民族史を支え続けたものは何か、ミシュナ、タルムードを中心に、その精神構造と思惟方法を探究する。
18世紀英国で誕生した風景式庭園はどのように構想され、人々は何を求めたのか。その背景にある思想の歴史的展開を解明する。
「生と哲学」「歴史と文化」「宗教」「美と芸術」「歴史的人物像」「社会」の6部からなる、最盛期ジンメルの思索活動の結実ともいえるエッセイ集。
主著『人間本性論』第1巻をよりよく書き直したという本書で、ヒュームは、因果論を深め、自由と必然、奇跡や摂理などを新たに論じた。『人間本性論摘要』を付す。
哲学者ラッセルによる1930年代にアメリカの新聞に連載されたコラム集。幅広いテーマについて、ウィットにあふれる視点を投げかけている。全78篇。新装で復刊。
非神話化提唱によって第二次大戦後の西欧精神界に衝撃を与えたイエス解釈。生きることの実存的解釈を提示した問題の書。
人はアイデンティティなしでは生きられないのか? 一貫性のある自己とは誰にとって必要なのか? 食傷気味の概念に問題提起。
フーコーの〈まなざし〉の概念を手がかりに,ツーリストの視線とその対象を歴史的・経済的・文化的・視覚的レベルにおいて分析。観光をテクストに文化を読み解く。
拡張され、圧縮され、使い尽くされる〈場所〉の多様な問題とその構造変容を探る場所の社会学論集。広範な分野における「時間─空間の社会分析」の重要性を論じる。
女たちの勤倹貯蓄精神や修養意欲は、どう公娼制度批判へ発展したのか。東アジアに拡大した公娼制度政策の特徴や慰安婦問題にも言及。
堕天使を含めて天文学的数字にのぼる天使たちの、ほんの一部ですが―およそ4000項目で御紹介する空前絶後の天使録。
ただの音の表記にすぎないと思われがちなアルファベットに漢字以上の「ドラマ」が隠されていることがわかる好著。
2500年余の文化と歴史を990項目に納める。ケルトの遺産を展示するミュージアム、古今の基本的な参考文献も網羅収載。
第二次大戦下、ナチスによる全欧州の組織的美術品略奪と各国の防衛作戦、さらに連合軍による奪還の詳細を綿密な調査で明るみに出す。全米批評家協会賞受賞。
赤軍の「神話」の裏に潜む、悪夢のような実態とは?手紙、日記、回想、退役軍人への聴き取り取材によって肉声を再現し、「戦争の真実」を暴いた画期的な労作。
神聖ローマ帝国から統一後のドイツまでの流れを概観し、帝国の概念や戦争責任問題、ホロコースト、ジェノサイドなどを論じる、20世紀ドイツ史最良の手引き。
古代の日本に中国文化はどのようにもたらされたのか。唐代朝貢体制を基軸に日唐外交を捉え直し、文化流入と遣唐使停止後の変容を考察。
中世社会を知る基本は荘園制にある。個人で描くことは不可能とされてきたその全史を大胆かつ平易に描いた荘園史の決定版。
弓馬や軍陣のしきたりを始め、立居振舞い、手紙の書式など、室町期の武家故実を通して中世武士の姿や動作、人生儀礼を生き生きと甦らせる。
ユングの膨大な著作を精選し,的確な解説を付して編集した希有の一冊。ユングの生涯と業績年表をはじめ、ユング心理学独特の用語解説も収載。
キッチュとは何か。にせもの・まがいものとして常に真正と対比されつつ芸術・宗教等文化の発展を担い、現代の消費社会に生きるこの現象の意味と機能を解き明かす。
トールキン、カフカ、ピカソ、グリム兄弟、マルケス、荘子...。エンデの人生に影響を与えた25の作品を収めるファン待望の書。
近代芸術の黄金時代に、天才たちとともに生きた、美しき情熱家たちの数奇な運命をたどり、世紀末のもうひとつの風景をえがく。
一輪の薔薇に封印されたイメージが、時代を、そして洋の東西を超えて人類に共有される。愛と生命の象徴としての「薔薇」から描かれる精神史。
わが国の文豪・作家たちは、愛する人への熱き想いをどう伝えたのか。私的な秘められた手紙にいきいきと書き記されたこころの結晶。
建具・洋家具・指物用の木工具を中心に道具を網羅、原理・構造・使用法・手入法を詳述。
『フィネガンズ・ウェイク』について書かれた世界初の本格的評論と、『失われた時を求めて』の本質を鋭くえぐるプルースト論。二大評論に最初期の詩作等を収録。
〈自伝〉という特異かつ曖昧な文学ジャンルを、その定義・歴史・諸問題等の考察を通して明確に位置づける。ルソー、サルトルをはじめヨーロッパ古今の作品を評察。
エリオットやフォースターとの交友、創作過程の実際、いま読んでいる本... 作家の創造の苦しみと楽しみを生き生きと伝える、死の直前までの日記。新装で復刊。
戦場とは? 軍隊とは? 小津の「戦争体験」とは何だったのか。新資料を発掘し解き明かされる人間ドキュメント。「小津安二郎陣中日誌」全文収録。新装で復刊。
作家M.デュラスの伴侶であり同志であった著者が、ナチ収容所での言語を絶する災厄を透徹した眼差しで綴った、戦時文学の極北。
70歳をすぎて初めて絵筆を持ち101歳で亡くなるまで、アメリカの田園風景・生活を描きつづけたモーゼスの自伝。肖像・カラー絵写真12枚収載。
明治は「画像(ヴィジュアル)の時代」だった。錦絵から板目木版、西欧の革新的な銅版・石版まで、多種多様な〝版〟から明治版画の全貌を描く。
迫害と闘い、「自由」を求めて葛藤と苦闘を続けてきた人々の数百年の歴史を注目すべき事件、裁判と共に描き出した渾身の労作。
国家と教会、個人の領域についての議論が交わされた17世紀オランダ、とりわけスピノザとホッブズの正典解釈に焦点を当て、近代の始原を解明する。
多民族帝国、国際社会、多極共存・連合、国民国家、移民社会という五つの異なる政治編制を歴史的に俯瞰し、内包する集団間の差異を具体的に検討。新装で復刊。
現代においてもさまざまな分野で活用されている楕円関数論。幾何学的な視点から全体像を明快に捉え、基礎から応用までを平易に解説。
文理融合の人=寅彦は科学をどう捉えていたのか? 地震・複雑系・戦争から映画・連句まで、その全貌を検証し、近現代科学史の中に位置づける。新装で復刊。
読者からのメッセージ
■今年もこの季節がやってきた! 年に一度の復刊候補を選べる喜び。今回はいつもにもまして、人文社会系、自然科学系、芸術系の質の差が少なくなっていて、考え抜かれた候補作品のバランスの良さに目を見張った。今後も楽しませてください。(52 歳・大学職員)
■意外な本があっという間に手に入らなくなってしまいます。しょうがないこととは言え、古書で探し回って高額な値段がついているとがっかりしてしまいます。ぜひ版元や著者本人につながる形で購入したいと思っているので、こうして復刊する機会が定期的にあるだけでもとてもありがたいと思います。(42 歳)
■とても嬉しい試みですね。興味がある本が、読みたくても図書館にもない、中古は高額のものばかり、ということがたびたびあるので、せめて電子書籍にならないかなぁ、と時折思います。オンデマンドだと高くなりそうですが、品質のわからない中古品をネットで買うよりはそちらを選ぶ場合もあると思います。
■自分の知らない世界がすごく豊かに広がっていることを思い出させてくれる、この企画が好きです。
■毎年本企画を興味深く拝見させていただいております。リストを見て、こんな本があったのか、こんな本が埋もれてしまっていたのか、と驚き、店頭では、これらがみなに復刊を望まれた本か、と感じることができる、二度おいしい企画だと思います。リストについてなのですが、本の内容だけでなく、それをリストアップした理由、推薦者の言など、ナマの言葉が添えられていれば、もっと楽しく拝見できると思いました。(22 歳・大学生)
■自分が興味ある分野の書籍で、古典として重要だと思われるもの、若い人たちに読んで欲しいものを選択しました。今回、たまたま見たtweet で、「書物復権」を初めて知りましたが、非常に面白い企画ですので、もっと盛り上げるために、もっといろいろと報知していけばよいのにとおもいました。(51 歳)
■古書で出回っていないものを中心に復権してもらいたい。(46 歳・大学教員)
■学生時代に図書館で読んだ本たち、ぜひ手元に置いておきたいです。(32 歳・フリーランス本屋)
■読んでみたいと思って買いそびれたまま、品切れとなりとても後悔しました。書物復権、大好きで、いつも楽しみにしてます。
■叶うことなら電子版でも刊行していただけましたら。ご多分に漏れず魔窟に棲息する環境で、物理的にこれ以上は部屋に置けないし、積んだが最後発掘できなくなりそうで。(55 歳・文筆業)
■読みたい本、もしくは後世に残すべきと思う本を選びました。(55 歳・契約社員)
■いつも楽しみにしております。買い逃して悔やんでいたもの、興味をもった時期が遅すぎたもの。(39 歳・会社員)
■書物は時代を超えて知恵や思想、文化や社会などを後世につなぐことができ、また、過去の人類の叡智を後世に引き継ぐということも重要です。さらに、日本語による書物を遺すことは、日本語という言語を引き継ぐことにもなります。現代では、電子化などもすすみ、安価な手段での保管・売買も可能でしょうから、出版物には責任をもって、後世に引き継いで下さい。(48 歳)